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#106_Sheep 小咄「果物」
ロサンゼルスの高級スーパーで一粒19ドルのイチゴがSNSを沸かせ、静岡のクラウンメロンが一玉120ドルで米国の家庭に届く。贈答文化のもとで「完璧な一粒」を追い求めてきた日本の高級フルーツは、いまや海外で「食べるジュエリー」として熱狂を呼んでいる。だがその裏で、わずか10センチの枝から品種が盗まれ、年間数百億円ものライセンス料が失われている。海外での大量生産は、ブランドの信用まで揺るがしかねない。国内でも贈答文化が細るなか、守りを固めるだけではもう足りない。枝一本で増やせる品種はルールを決めて世界にライセンスし、真似のできない栽培技術と信頼は日本で磨き続ける──日本の果物が世界で稼ぎ続けるための、新たな価値のつくり方を探る。
#105_Sheep インフルエンサーの憂鬱
4,800億ドル規模へと膨らむインフルエンサー経済。だが成熟期を迎えたいま、急成長の陰で見過ごされてきた歪みが次々と表面化している。「#PR」だらけのタイムラインに疲れる消費者、アートディレクター並みの仕事を求められるクリエイター、ナンタケット島の雑貨店に掲げられた「No Influencers」の貼り紙、私生活の「説明」を求めるフォロワー、そして観客に絡め取られていく発信者の心。親密さ・注目・労働・広告がひとつに溶け合い、誰もハンドルを握れなくなったいま、私たちはその関係をどう選び直せるのか。「本物らしさ」までが商品になった時代の、インフルエンサーたちの憂鬱を読み解く。
#104_Sheep 競技ノムコウ
スポーツの熱狂がかつてないほど高まるなか、競技そのものは静かに後景化しつつある。ブランドやインフルエンサーが溢れる全米オープン、コートサイドや街全体がファッションショーと化した53年ぶりのニックス優勝、そしてF1はドキュメンタリーとラグジュアリーが融合するプラットフォームへと変貌した。そこで取引されているのは、アクセスの稀少性という「文化資本」にほかならない。観客席は自己演出の舞台となり、語りの主導権も公式メディアから個人へ移った。だが、チケットは高騰し、本来のファンは静かに締め出されつつある。街も服も空気も飲み込み世界へ発信する「コンテクスト・メディア」と化したスタジアムで、スポーツの「生の熱狂」はいま、どこへ向かおうとしているのか。




