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#084_Sheep オゼンピック化する社会
食事制限も、運動もいらない──そう感じさせるほど、注射一本で劇的な減量を約束するオゼンピックやマンジャロは熱狂的に受け入れられている。その背景には、「プロセスをスキップして結果だけを手に入れたい」という、どこかで私たちが抱えている欲望があり、その欲望はいま、この痩せ薬を超えて社会全体に広がりつつある。「オゼンピック化(Ozempicization)」という視点から、身体というラストリゾート、「Agency(主体性)」という名の思考放棄、そして「解決策」が新たな依存を生むという逆説を読み解く。個人の不安に応答するテクノロジーは、同時に社会の問題を個人に引き受けさせる装置でもある。コントロール感を取り戻すはずの最適化が、別のかたちでそれを手放す行為だとしたら──私たちはいま、何を最適化しているのだろうか。

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オゼンピック化する社会

みなさん、こんにちは。では今日の講義、始めていきましょう。
今日のテーマは、社会の「オゼンピック化(Ozempicization)」です。オゼンピック、あるいはマンジャロ、ご存知ですよね。もともとは2型糖尿病の治療薬として開発されたものですが、その劇的な減量効果から、いまや世界中で「魔法のダイエット薬」として熱狂的に受け入れられています。
もちろん、医療的にこの薬を必要としている人がいることは大前提です。ただそれと同時に、「痩せたい」「見た目を変えたい」という理由だけで使う人も増えています。皆さんの中にも使っている方、いらっしゃると思います。
で、「オゼンピック化」って何?という話ですが、これは単にみんながオゼンピックを飲んで痩せてってます──あるいは人形までスリムになってる(笑)──という話ではありません。よりメタな意味合いを持つ言葉で、具体的にはのちほど詳しく説明します。
※ 生成AIが客観的な視点でレビューしています🐏🐕
コントロール感を失った時代
その前に、まず、いまの時代の空気をひとつ確認しておきましょう。一言で言えば、それは「コントロール感の喪失」です。
経済は不安定、キャリアの正解は見えない。AIは便利であると同時に私たちの「存在意義」すら揺さぶっています。「頑張れば報われる」という物語は、あちこちで綻びを見せています。自分の人生なのに、自分でハンドルを握っている感じがしない。たぶん、そういう感覚って、かなり広く共有されていると思うんです。
実際、Northwestern Mutualの調査によると、アメリカのZ世代の約80%、ミレニアル世代の75%が「自分は経済的に遅れをとっている」と感じている。そして、地道な努力よりもハイリスクで投機的な手段のほうが、目標達成に有効だと考えているといいます。いわゆる「金融ニヒリズム(financial nihilism)」ですね。「普通にやっても追いつけない」という感覚が、すでに広く共有されてしまっている。

Northwestern Mutual
で、ここで重要なのは、人はコントロール感を失うと、何もしなくなるわけではない、ということです。むしろ逆で、変えられないものが増えるほど、変えられるものに過剰に執着するようになる。
食事を変える。睡眠を最適化する。生産性を上げる。肌を整える。投資効率を上げる。習慣をハックする。感情を安定させる。食事、睡眠、運動、仕事術、メンタル、見た目、投資──ありとあらゆるものが「改善対象」になっていきます。しかもその改善は、じっくり時間をかけるというより、「今すぐ結果がほしい」という気分に強く引っ張られている。
オゼンピック化(Ozempicization)する社会
エコノミスト兼ライターのカイラ・スキャンロンが「オゼンピック化(Ozempicization)」という言葉で表現したのは、まさにこうした空気のことでした。
「オゼンピック化」は、単なる痩せ薬──あるいはスリムな身体──の流行ではありません。「複雑で時間のかかるプロセスを、即効性のあるかたちでショートカットする」という発想が、社会全体に拡張した状態のことです。注射一本で。アプリひとつで。プロンプトひとつで。私たちはそういう物語を、ますます喜んで買うようになっています。
「最適化」という言葉は、本来は中立的な概念です。ある目的のために、資源の配分を改善する。それだけの意味です。でも今起きているのは、そういうクールな話ではありません。もっと情緒的で、切迫したものです。「この世界はもう自分には変えられない。だったら、変えられるところだけでも変えたい」──この気分が、最適化への欲望を過熱させているんです。
ちょっと嫌な言い方をすると、いま売れているのは、製品そのものだけじゃないんです。「これさえ使えば何とかなる」という信念が売れている。
健康食品も、AIツールも、投資アプリも、自己改善コンテンツも、単に機能を売っているんじゃない。「あなたはまだ立て直せる」という感覚そのものを売っているんです。だからこそ「オゼンピック化」は単なる流行ではなく、ひとつの経済の形でもあるわけです。
従順な身体
そして、この「最適化への衝動」が、最も露骨に、そして最も切実に現れている領域があります。それは、他でもない私たちの「身体」です。
なぜ私たちは、これほどまでに自分の身体に執着するのか。それは、経済も制度も、何一つとして個人の言うことを聞いてくれないように感じられる時代において、身体だけは入力に対して出力が返ってくる感じがする場所だからです。筋トレをすれば筋肉がつく。食事を変えれば体重が変わる。身体は、裏切らない。
以前、ロンジェビティについての講義でも紹介したブライアン・ジョンソンという起業家を覚えていらっしゃる方もいるかも知れません。18歳の身体を取り戻すために数百万ドルを投じる彼を追ったNetflixドキュメンタリー『Don't Die』がこれほど注目を集めるのは、それが究極の「アウトカムのコントロール」を体現しているように見えるからです。臓器、肌、睡眠、栄養、運動、サプリメント──すべてを数値化し、最適化し、老化そのものを管理対象にしようとしている。
これは極端な例に見えますが、実はかなり時代の本音を言い当てているんですね。つまり、世界は制御できない。でも、バイオマーカーなら制御できるかもしれない、という欲望です。

Don’t Die(Netflix)
あるいは、最近の若者たちの間で広がる「Looksmaxxing(ルックスマキシング)」のムーブメントも、根っこは同じです。顎のラインを整え、顔の骨格を物理的に矯正しようとする。身体を削り、磨き上げることは、彼らにとってもはや単なる美容ではありません。経済的なコントロールが手の届かないものになった時代に、唯一自分の意志で操作できる「資本」としての身体を最大化することで、失われたコントロール感を補う──それが彼らにとっての生存戦略なんです。
外界がどうしようもなく管理不能になったとき、人は最後の避難所として「自分の身体」へと向かいます。バイオハック、MAHA(Make America Healthy Again)、あるいは高額な美容整形。これらは一見、健康や美を求める前向きな個人の意志に見えます。でもその底流には、「もう自分の身体以外に、コントロールできるものなんて何もない」という、切実な、あるいは悲痛なまでの無力感が流れています。
解決策が依存を生むとき
さて、ここで少し立ち止まって考えてみましょう。
このニヒリズムや「コントロールを取り戻したい」という欲望の周辺には、それを「解決する」と約束することで収益化しようとする産業が形成されてきました。生産性アプリ、AIアシスタント、バイオハックサプリ、ペプチド注射──これらはすべて、私たちの不安に直接語りかけます。「あなたの問題を、もっと早く、もっと確実に、もっと痛みなく解決します」と。
一見、合理的な話に見えます。本来であれば、食事・運動・睡眠の長年の積み重ねによって少しずつ変化していく身体が、注射一本でコントロールできるようになる。時間も努力もスキップして、結果だけを手に入れる。早ければ早いほどいい、効率的なほどいい──そう感じるのは、ある意味でとても自然なことです。
でも、考えてみてください。オゼンピックで体重は減るかもしれないけれど、食事や運動、しっかりとした睡眠といった日々の健康を保つための根本の生活習慣が変わるわけではありません。こうしたツールは、「コントロール感を取り戻させる」ように見えて、実際には解決策を外部に任せる癖を生み出しているわけです
何を食べるべきか。いつ寝るべきか。どう集中すべきか。どう話すべきか。どう痩せるべきか。こうした判断が、少しずつアプリやアルゴリズム、あるいは薬の作用に委ねられていく。つまり、コントロールを取り戻すための最適化が、別のかたちでコントロールを手放す行為になってしまうわけです。
かつて、哲学者のイヴァン・イリイチは、現代の医療を批判し「医療体制は健康を築くのではなく、人々が自らの判断で健康を維持する能力を奪う」と論じましたが、この議論は、今日の最適化ツール群にもかなりそのまま当てはまるかもしれません。
解決策が増えるほど、解決策なしでは生きられない身体や精神が作られていく。そしてそれを使い続けることで、自分で問題を根本的に解決する力が育たなくなる。
現代の最適化ツールは私たちに「コントロールしている感覚」を与えてくれます。でも、私たちは「解決」を買っているつもりで、実はさらに深いツールへの「依存」へとはまり込んでいるわけです。

Limits to Medicine
そしてもうひとつ、重要な視点があります。こうしたテクノロジーは、ただ単に「便利なもの」というわけではありません。本来は社会が引き受けるべき問題を、しばしば個人の調整能力に押し戻します。
制度が壊れている、経済が機能していない。そのとき、「では自分を調整すればいい」という解決策が差し出される。「社会は調整できない」という諦めを、個人最適化への欲望に変換する装置として、これらの産業は機能しているわけです。
そしてスキャンロンが「オゼンピック化」と呼ぶのは、まさにこの構造のことです。原因──壊れた社会システム──には手をつけず、症状──個人の不安や無力感──だけをテクノロジーで麻痺させ続ける。そのサイクルが終わらないのは、ニヒリズムと絶望感が「持続」することが、これらの産業が成り立つ条件だからです。人々が本当に希望を取り戻してしまったら、製品は売れなくなる(笑)。
「Agency」という名の思考放棄
コントロールを取り戻したい。でも実際には、最適化しようとすればするほど、コントロールを外部に手渡しちゃってる。こうした状況のいま、シリコンバレーで「Agency(エージェンシー)」という言葉がやたらと持ち上げられているのは、かなり示唆的です。
Agency──本来は「主体性」や「自律性」を意味する言葉ですよね。でもいまのスタートアップ文化で使われるとき、その意味は少しズレています。
現在のテック業界において「Highly Agentic(高いエージェンシーを持つ)」と言われる人は、「熟考する人」ではありません。むしろ、許可も合意も待たずに、とにかく結果に向かって突き進める人。いわば「考える前に動ける人」です。
この感覚を象徴するのが、ロイ・リーという若い起業家です。彼は、就職面接中にAIがリアルタイムで答えを出してくれるツールを公開し、自らそれを使って面接を突破。その後「Cluely」としてサービス化し、大きな注目を集めました。

Roy Lee(TechCrunch)
ここで重要なのは、「おもしろいツールを作った」という話ではありません。考えることや積み上げることよりも、先回りして結果を取りにいくこと自体が価値になる文化が、かなり露骨に現れている点です。
Cluely の世界観を一言で言うなら、「もう一人で考えなくていい(never have to think alone again)」。
これ、本来の意味からするとかなり倒錯していますよね。主体性とは、本来、自分で考え、自分で判断し、その結果を引き受けることのはずです。でもいまは、思考を外注してでも成果を出すほうが「agentic」だと見なされる。
ここで起きているのは、かなり大きな逆転です。
Agencyは、主体性の言い換えではなくなった。それはいつのまにか、「思考を飛ばして結果にジャンプする能力」を指している。
そしてこれは、身体に起きていたことと同じです。オゼンピックがプロセスをショートカットするように、いまや思考そのものがショートカットの対象になっているわけです。
最適化の正体
さて、そろそろ今日の授業をまとめましょう。
社会の「オゼンピック化」を指摘したスキャンロンは、いまの状況をこう表現しています。
「Optimization is the process, control is the desire, and agency is the branding.」
私たちはいま、「最適化」という行為を通じて日々自分を改善しているつもりでいます。でも、その根底にあるのは、より良くなりたいという理想だけではなく、不確実な世界の中で少しでも自分の人生をコントロールしたいという切実な欲望です。そしてその欲望は、「主体的に選んでいる(Agency)」という言葉によって、前向きでポジティブなものとして語り直されているんです。
ただ、ここまで見てきた通り、その構造には少しねじれがあります。最適化は、問題を解決しているようで、実は先送りしていることも多い。解決策は、依存を生みやすいかたちで設計されている。そして私たちは、コントロールを取り戻すために最適化しながら、別のかたちでそれを手放している。いま、こうしたことが起きているんです。
ただし、ここで一つだけ誤解しないでほしいのは、AIや効率化ツールが全部悪いわけではない、ということです。正直、めちゃくちゃ便利ですよね(笑)。使ったほうがいいです。
オゼンピックもそうで、「効くもの」はちゃんと効く。問題はそこじゃなくて、それで「何をスキップしてるか」を自覚してるかどうかなんですよね。思考なのか、プロセスなのか、あるいは、問題そのものなのか。
おそらくこれからの時代は「どれだけ最適化できるか」よりも、「どこをあえて最適化しないか」のほうが重要になります。全部ショートカットできるからこそ、「ここは自分で考える」っていう場所を、意識的に残す必要がある。
便利なツールがあふれるいまだからこそ、そこに自覚的にありたいですね。それでは今日はここまで。お疲れさまでした!
🐏 Behind the Flock
“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。
1. AI時代の主体性とは何か
AI時代のシリコンバレーでは、人間の価値が大きく変化しつつある。かつて重視された知性や専門性はAIに代替されつつあり、「エージェンシー(自発的に行動する力)」こそが新たな価値として浮上している。Cluelyの創業者Roy Leeはその象徴であり、思考や会話すらAIに委ねるツールを通じて、「考えなくていい社会」を現実のものにしようとしている。だがその帰結は、人間の主体性の拡張ではなく、むしろ思考の放棄である。AIが思考を担い、人間が行動だけを担うという逆転が進む中で、社会は行動力を持つ少数と、それを欠く多数へと分断されていく。さらに、行動力だけが肥大化した先には目的の空洞化が待ち受ける。人はなぜ行動するのかという根本的な問いを失いかねない。AIに最適化される社会において、真の主体性とは何かが改めて問われている。
2. 金融ニヒリズム
Z世代、ミレニアル世代の若者が、ミームコインや スポーツ賭博 など投機的な手段に傾倒する現象は「金融ニヒリズム」と呼ばれ、単なる無謀さではなく、機能不全に陥った経済への適応行動だ。学生ローン残高は2024年に1.6兆ドルへ膨張し、大卒の賃金プレミアムは低下、27歳時点の住宅保有率はわずか32%と親世代を大きく下回る。エントリーレベルの雇用も縮小し、2025年の新卒就職率は前年比11ポイント減という厳しい現実がある。従来の「学び・働き・家を買う」という成功モデルが機能しなくなった結果、若者の約3分の2が「富を築く手段は投機や暗号資産しかない」と感じるようになった。小さな確率で大きなリターンを狙う行動は、緩やかな停滞が確実な未来に対する、ゲーム理論的に見れば合理的な選択とも言える。これは世代の価値観の問題ではなく、社会構造そのものの歪みを映し出している。
3. コントロールを失う社会
2026年のアメリカを表す言葉として「ストレス」が最も多く挙げられ、3人に1人が実存的危機を感じているという調査結果が明らかになった。その根底にあるのが「コントロール感の喪失」だ。全世代にわたり、問題を自分でコントロールできないという無力感が危機の主因として挙げられており、特にZ世代・ミレニアル世代では52%が「人生全体が自分の手に負えない」と回答。経済的な困窮も深刻で、生活費の高騰により基本的な支払いや食料品の確保にすら困難を感じる人が半数を超えた。一方、心理療法士は「コントロールできるものに意識を向けること」を推奨。日々の習慣、メディアとの距離の取り方、感情と向き合う時間、そして他者とのつながりが、喪失したコントロール感を取り戻す鍵だと指摘する。
🫶 A Lamb Supreme
The Rest Is Sheepsが日常で出会った至高(笑)の体験をあなたにも。
今週もお休みです 🐏
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