- The Rest Is Sheep
- Posts
- Baa,Baa,Baa. | Week of May 4, 2026
Baa,Baa,Baa. | Week of May 4, 2026
【Weekly Picks】東京のラブホテルから届いた、無加工の写真
カルチャー、アート、テクノロジー、ビジネス、そしてデザインやライフスタイル、ファッションやメディア──日々、私たちの周りでは何が起きていて、それは一体どんな意味を持つのでしょうか。
The Rest Is Sheepの2人が刺激を受けたストーリーを、私たちならではの視点を交えてお届けします。
↓登録はコチラから↓

🐏 Baa,Baa,Baa.
Weekly Headlines
東京のラブホテルから届いた、無加工の写真
ソフト・ソーシャライジング
Z世代は近所のバーからフィットネススタジオへと乗り換えている
停滞するクラブカルチャーにどう立ち向かうか
スクリーンは若者のメンタルを破壊していない
「摩擦のない生活」は、誰のものなのか?
私たちはマラソンをファッションウィークに変えた。さて、次は?
テックは何故服を必要とするのか?
Amomentoは、韓国を代表する次なるファッションブランドになれるだろうか?
K-Beautyブームを経て、J-Beautyが新たな主要プレイヤーとして頭角を現している
1. 東京のラブホテルから届いた、無加工の写真
写真家ソフィヤ・ロリアシュヴィリは、日本滞在30日間を題材とした写真シリーズ「30 Days in Japan」を発表した。前作「31 Days in Japan」に続く本作でも、東京のラブホテルを舞台に、BDSMをモチーフとした表現を展開している。彼女にとって日本は、繰り返し訪れることで安心感を得られると同時に、自らのルーティンや感覚を整えられる「慣れ親しんだ場所」でもある。本作においてBDSMは、単なる性的意匠ではない。拘束や服従といった構造を通じ、性的イメージの氾濫と検閲が共存する日本社会の矛盾を、象徴的に映し出す装置となっている。また、被写体にはプロのモデルではなく、ダンサーやドミナトリクスなど身近な協働者を起用し、即興的で生々しい身体表現を引き出している。とりわけ前作から関係を築いてきたHinataとの撮影では、思い通りにいかない瞬間をあえて受け入れることで、かえって自然な表現が立ち上がっている。「他者を撮ることは自画像を描くようなものだ」という言葉が示すように、そのプロセスは自己の内面とも深く結びついている。また彼女が強く惹かれるのが、舞台となる古びたラブホテルの空間だ。派手な壁紙やシュールな装飾、どこか時代に取り残されたような内装は、祖父母の家を思わせる個人的なノスタルジーを喚起する。こうした場所は都市の更新とともに失われつつあり、均質で無機質な空間へと置き換えられていく。その消えゆく風景へのまなざしもまた、本作の重要な主題となっている。ロリアシュヴィリは今後、ラブドール工場での撮影も計画しており、日本という場を通じた探求をさらに深化させていく。
2. ソフト・ソーシャライジング
「ソフト・ソーシャライジング(Soft Socializing)」とは、Z世代を中心に広がる低プレッシャーな交流トレンドである。従来のバーやクラブといった飲酒中心の高エネルギーな社交に代わり、パズルや料理、散歩などの活動を共にしながら、無理に会話を続けず自然体で過ごすスタイルが注目されている。背景には複数の要因がある。Z世代はデジタルネイティブとして常時SNSでつながっているため、あえて対面で関係性を維持する必要性を感じにくい。コロナ禍のソーシャルディスタンス経験も、大人数の高圧的な場への抵抗感を根付かせた。飲酒の場には、常に社交的で楽しそうに振る舞うことを求める「パフォーマティブ」な空気が漂っており、それがかえって不安や疲労を生みやすい。経済的な余裕のなさや、不規則な生活リズムも手伝い、低コストで気軽に参加・退出できる形式の方が現実的でもある。こうした環境の中で、Z世代は「自分らしさ」や誠実さを重視し、精神的負担の少ない関係性を志向する傾向を強めている。ソフト・ソーシャライジングは、つながりを「演じるもの」から「ただ共にいること」へと再定義する、新しい人間関係のあり方を示している。
3. Z世代は近所のバーからフィットネススタジオへと乗り換えている
アメリカのZ世代を中心に、従来の飲み会文化からフィットネスを軸とした社交スタイルへのシフトが進んでいる。バーで酒を酌み交わす代わりに、スピンスタジオやランニングクラブで友人と汗を流す──そんな過ごし方を選ぶ若者が増えているのだ。バンク・オブ・アメリカのエコノミストはこの現象を「大いなる節制(The Great Moderation)」と呼ぶ。背景にあるのは、健康意識の高まりと、支出に対する考え方の変化である。スマートフォンやウェアラブル端末によって自身の体調や運動量が可視化されるなか、若者たちは日々のコンディションをより強く意識するようになった。その結果、アルコールのように後に何も残らず、時に二日酔いという「負債」すら伴う支出を見直し、代わりに自己改善につながるフィットネスへの投資を優先する傾向が強まっている。実際、フィットネスやウェルネスはもはや娯楽ではなく、削減しにくい「準必需支出」として位置づけられつつある。さらに注目すべきは、フィットネスが新たな社交の場として機能している点だ。Stravaの2025年調査によれば、Z世代はX世代に比べて39%多く、運動を通じて趣味の合う仲間と出会っていると回答している。「共に負荷を乗り越えることで関係が深まる」という実感も広がりつつある。こうした動きは、単なるライフスタイルの変化にとどまらない。快楽的な消費から自己投資へ、飲酒中心の交流から持続可能なつながりへ──Z世代は、時間とお金の使い方そのものを再定義し始めている。
4. 停滞するクラブカルチャーにどう立ち向かうか
蘭桂坊(ランカイフォン)を中心とした香港のメインストリーム・クラブシーンは、高騰する家賃と経営不安のなかでリスク回避が常態化し、文化的停滞に陥っている。若者の消費力低下も重なり、DJたちは創造的な挑戦を避け、中年富裕層の嗜好に依存する構造が固定化された。その結果、10年以上前の楽曲が繰り返される状況が続いている。本来、クラブは単なる娯楽の場ではない。批評家マーク・フィッシャーが指摘したように、クラブ音楽は「異なる世界を想像する力」を社会にもたらしてきた。ジャズやディスコ、テクノはいずれも地下のクラブから生まれ、階級や人種、ジェンダーを越えるユートピア的な感覚を育んできた。しかし現在の香港では、多様な人々が同じ空間に集いながらも、その音楽は過去の反復にとどまり、想像力の更新は起きていない。こうした状況に対し、インディペンデントなレイヴコレクティブ「Panic Library」は対抗的な実践を試みている。Baby DiwataとLOVELESSによって設立されたこの集団は、女性やクィアを中心に据え、ハードコアやデコンストラクテッド・クラブといったジャンル横断的な音楽を持ち込み、倉庫などの非商業空間で新たな表現の場を切り拓いている。そこでは、明確な構造や終着点を持たない音楽が、絶えず変化する「現在」の連続として体験される。不確実な時代に長期的な展望を描くことは容易ではない。それでも彼らは、日々の実践とコミュニティの積み重ねの中にこそ、クラブ文化が世界を想像し直す力を取り戻す道があると信じている。
5. スクリーンは若者のメンタルを破壊していない
アダム・オマリーは、Z世代の発達心理学者として、自身の経験を踏まえながら青少年のメンタルヘルスとSNSの関係を再考する。彼は12〜17歳の間、オンラインゲームに1万時間以上を費やし、社会的に孤立した生活を送っていたが、現在はハーバード大学で博士号を取得し、心身ともに安定した生活を築いている。この経歴は、「スクリーンが若者を壊す」という通説が、いかに単純化されたものであるかを物語っている。近年、ジョナサン・ハイトの『不安の世代』が示すように、スマートフォンやSNSの普及が青少年のメンタルヘルス悪化を招いたとする議論が広がっている。しかしオマリーは、その根拠が2010年前後の「同時的な変化」に依拠した相関関係にとどまり、因果関係は証明されていないと指摘する。実際、2024年にJAMA Pediatricsで発表された100万人超を対象とする分析でも、SNS利用とメンタル不調の関連は小さく、一貫性にも欠けていた。むしろ背景にあるのは、心理的苦痛の過剰診断やラベリングの拡大、さらに個人の性格特性や社会的支援の不足といった要因である可能性が高い。事実、若者の犯罪率や中退率は低下しており、SNSが一貫して有害であるとする見方には整合しない側面も多い。オマリーは、スクリーンを問題の原因とみなすのではなく、孤独や不安に対処する手段として機能してきた側面に注目する。だからこそ必要なのは一律の規制ではなく、レジリエンスや帰属意識を育む環境づくりだという。現在のSNS規制論は、かつてのメディアをめぐる道徳的パニックと同様、強い不安と限定的な証拠に支えられているにすぎない。
6. 「摩擦のない生活」は、誰のものなのか?
現代の過剰な利便性への反動として、あえて生活に不便さを取り入れる「フリクション・マキシング」が注目されている。デジタルやAIへの過度な依存が思考力やメンタルヘルスに影響を及ぼすなか、手書きのノートや近隣との交流といった「摩擦」は、人間に本来の充足感を取り戻させるとされる。しかし、この議論には見落とされがちな前提がある。特権的な層が自発的に選ぶ「生産的摩擦」の背後で、低賃金労働者や困窮層は、過酷な労働や時間の貧困といった「消耗的摩擦」を引き受けている。フリクションは消えたのではなく、社会の中で別の誰かへと移転しているにすぎない。その結果、消耗的な摩擦にさらされた人々は、わずかな回復を求めてスマホなどの利便性に依存するが、それは真の休息にはならず、注意力をさらに削いでいく。この悪循環が続く限り、フリクションの問題は個人の選択ではなく、構造の問題として捉える必要がある。だからこそ私たちは、自らの価値観に沿った不便さを選び、注意力を守ると同時に、その利便性が誰の負荷の上に成り立っているのかを自覚しなければならない。そもそも、不便さを選ぶ余裕すら持てない人々がいる。真の回復とは、まず人々を消耗的な摩擦から解放することから始まるはずだ。
7. 私たちはマラソンをファッションウィークに変えた。さて、次は?
マラソンはいまや「新たなファッションウィーク」と化し、レースウィークにはブランド各社が競うように大規模なポップアップや新製品発表を展開する。ロンドンやボストンでは、OnやAdidas、Appleといった企業が話題性の高い施策を次々と仕掛け、マラソンは高いROIを生むマーケティングの主戦場となった。しかし、その熱狂の裏側で違和感も広がっている。イベントは過剰に供給され、「大きさ」を競う演出や情報の洪水は、かえって体験の意味を空洞化させつつある。そもそもランナーはレース前に休息を必要とする存在であり、現状の設計はその実態とも噛み合っていない。本来マラソンとは、自己の限界に挑み、他者と支え合う営みであり、多額の寄付を生むチャリティの側面も持つ。だが現在の盛り上げは商業性に偏り、その本質と乖離し始めている。だからこそ今求められるのは、規模ではなく意味だ。販売を超え、対話や共創、知的刺激を組み込んだ体験設計への転換である。実際に顧客と直接対話し、商品開発に反映させる場を設けたブランドの試みは、高い評価を得た。さらに見落とされがちなのが観戦者の存在である。数万人のランナーを支えるように、はるかに多くの人々が沿道で声援を送っている。見知らぬ誰かを全力で応援する──その行為こそが、マラソンの核心にある感情体験だ。人と人とのつながり、共感、善意。その価値をいかに体現できるかが、これからのブランドに問われている。
8. テックは何故服を必要とするのか?
ファッションとテクノロジーの関係は再び近接し、「第3の波」とも呼べる新たな局面に入っている。その象徴が、Metaによるニューヨーク五番街への旗艦店出店だ。PradaやLouis Vuittonが軒を連ねる一等地に進出し、試着やカフェを備えた体験型空間を展開することで、テック企業が単なる機能提供者ではなく、文化や美意識の担い手として振る舞おうとする姿勢が可視化された。背景にあるのは、テックとファッションの補完関係である。テックは資金と技術を持ちながら「クールさ」に欠け、ファッションは文化的影響力を持ちながら資本や技術に制約がある。両者は互いの不足を埋め合うかたちで接近してきた。この関係は今回が初めてではない。第1の波は2012年、Google GlassがDiane von Furstenbergのランウェイに登場したことに始まる。しかしその先進性は時代を先取りしすぎ、「奇妙なガジェット」として受け止められ、普及には至らなかった。第2の波は2015年のApple Watchである。Appleはパリ・ファッションウィークやHermèsとの協業を通じてファッションとの融合を試みたが、その熱は長続きせず、最終的にはウェルネス領域へと重心を移していった。それに対して現在の第3の波では、アプローチ自体が大きく変化している。MetaとEssilorLuxotticaによるRay-BanやOakleyのスマートグラスは、デザインと機能の両立によって市場を拡大し、GoogleもKeringやGentle Monsterとの協業を進めるなど、同様の動きが広がっている。さらに重要なのは、テック側の発想の変化だ。製品はもはや機能性だけでなく、「安心」や「喜び」といった感情価値によって語られ始めており、その設計思想自体がファッションに接近している。つまり今回の特徴は、テクノロジーが主導するのではなく、「ファッションの文脈に自らを適応させる」という前提にある。製品を売ること以上に、「文化の中にいる」というシグナルを発することが重視されているのだ。この意味で現在の動きは、単なるウェアラブルの復活ではない。ファッションとテクノロジーの関係そのものが、より深いレベルで再編されつつあることを示している。
9. Amomentoは、韓国を代表する次なるファッションブランドになれるだろうか?
ソウル発のファッションブランド「Amomento」は、MKことイ・ミギョンが2015年に創業し、翌年に弟のミョンスーが経営に加わった。K-POPアイドルが牽引するトレンド主導の韓国ファッション界にあって、同ブランドはニュートラルカラーを基調にしたタイムレスで独自性の高い美学を貫く存在として頭角を現している。背景には、近年の韓国における消費者意識の変化がある。かつてのようにインフルエンサーや特定ブランドを追うのではなく、自らのスタイルを定義する志向が強まりつつあり、Amomentoの思想と共鳴しているのだ。事業はブランド単体にとどまらず、市場動向を探るセレクトショップ「Shop Amomento」をはじめ、アーカイブストアやカフェ「Reception」などを通じて、衣服を超えたブランド体験を立体的に構築している。ブランドの年間売上は約1,500万ドル、グループ全体では1,800万ドル規模に達し、過去5年間の年平均成長率は34%と、成長は着実だ。売上の約7割を占めるDTCチャネルも年45%のペースで拡大している。海外展開も加速しており、東京・表参道への初の海外出店を皮切りにアジア市場での存在感を高めつつ、今後はパリ・ファッションウィークへの進出も視野に入れる。この夏にはスポーツウェアライン「Amomento Plus」も立ち上げ、ブランドの裾野をさらに広げていく構えだ。
10. K-Beautyブームを経て、J-Beautyが新たな主要プレイヤーとして頭角を現している
K-Beautyの世界的ブームを経て、いまJ-Beautyが急速に存在感を高めている。韓国発のスキンケアは、多段階ルーティンや「グラススキン」といった概念を広め、西洋の美容観を大きく書き換えた。一方で、成分の過剰使用や複雑な手順への「トレンド疲れ」も顕在化している。その反動として支持を集めているのが、肌本来の力を引き出す「スキンミニマリズム」であり、それを体現するのがJ-Beautyだ。特徴は、「シンプルさ」「継続性」「内外の調和」という三つの柱にある。ヒアルロン酸やセラミドによる保湿、紫外線対策、低刺激処方を軸に、肌を「治す」のではなく「守る」という予防的な思想が根底にある。即効性よりも長期的な健やかさを重視し、バリア機能の維持・強化を何より重んじる点にある。その具体例として、資生堂やタッチャに代表されるブランドは、米や緑茶、海藻といった伝統的成分や発酵技術を活用し、長い年月をかけて処方を磨き上げてきた。また、製品だけでなく、丁寧な所作や内面との調和を重んじる思想も、その価値を支えている。トレンドが飽和した市場において、消費者は単なる効果だけでなく、持続可能性やウェルビーイングを求め始めている。「わび・さび」に象徴される日本独自の美意識は、そうした志向と共鳴し、J-Beautyを単なる流行ではなく、より本質的なケアとして世界に浸透させつつある。
すべての誤字脱字は、あなたがこのニュースレターを注意深く読んでいるかを確認するための意図的なものです🐑
この記事が気に入ったら、大切な誰かにシェアしていただけると嬉しいです。
このニュースレターは友人からのご紹介でしょうか?是非、ご登録お願いします。
↓登録はコチラから↓

:max_bytes(150000):strip_icc()/softsocializing-0be7957b8c144a3fbff18fe28168d88d.jpg)







