#080_Sheep 服は何故文学を必要とするのか?

パリのランウェイに「本の形をしたドレス」が登場し、ラグジュアリーブランドが書店を開き、作家がキャンペーンのために小説を書き下ろす。今、ファッションと文学の接近は単なるトレンドを超え、分かちがたく結びつき始めた。ブランドが「本」を必要とする背景には、加速し続ける社会への抵抗や、市場原理から独立した真の権威を求める、時代特有の渇望が刻まれている。本が「読むもの」から「見せるもの」、あるいは「纏うもの」へと変質し、書店がファッションブランド化する現代。SNSに溢れる「#shelfie」や、読まれることのない豪華な読書ラウンジといった皮肉な光景を横目に、私たちは何を消費しているのか。プロダクト、パトロネージュ、空間、そしてコミュニケーション。4つの視点から、ファッションが文学という「遅いメディア」に託した、新たな知性のあり方を読み解く。

“The Rest Is Sheep”は、デジタル時代ならではの新しい顧客接点、未来の消費体験、さらには未来の消費者が大切にする価値観を探求するプロジェクトです。

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服は何故文学を必要とするのか?

©︎The Rest Is Sheep

さて、それでは本日も始めていきましょう。

以前、パフォーマティブ・カルチャーの話をしましたよね。あらゆる行為が「見せかけなんじゃないか、演技なんじゃないか」と監視されてしまう現代の病です(笑)。その中で、象徴的なアイテムとして何度も登場したものがありました。何だったか、覚えていますか?──そう、書籍です。

カフェでアイス抹茶ラテを飲みながらSally Rooneyの本を広げる男性──パフォーマティブ・メイル──にとって、本は「読むもの」ではなく、「進歩的で女性に理解のある自分」を周囲に向けて可視化するためのシグナル、一種の小道具として機能していました。開いた形跡のないMichelle Obamaの自伝を鞄から覗かせておく、あの「本の使い方」です。

その延長線上で、パフォーマティブ・リーディングという言葉も出てきましたよね。公共の場で難解な小説を読む行為が、知性や教養を誇示するものとしてSNS上で揶揄されるようになった現象です。読書という行為そのものが「本物か演技か」の検閲にさらされている、という話でした。

私たちは、本が「読むためのもの」から「見せるためのもの」に変わっていく様子を眺めながら、本という物体と読書という行為を「パフォーマティブ」という視線で見てしまう私たち自身についても批判的に見てきました。本を持っていることが、あるいは本を読んでいることが「パフォーマティブ」と揶揄されてしまう、なんとも生きづらい時代、ですよね(笑)。でも、実はその話には続きがあります。

その「パフォーマティブ」と揶揄される本や読書のカルチャーが、ファッションのトレンドそのものになりつつあるんです。え、どういうこと?ってなりますよね(笑)。

例えばFW2026(2026年秋冬コレクション)のキートレンドとして注目されているのが「Poetcore」。詩人や作家のような知的で文学的な雰囲気をファッションに取り込むスタイルです。カーディガン、ワイヤーフレームの眼鏡、手に持つ文庫本。本はもはや、知的な「アイテム」として確立されてきている。

Poetcore

でも──ここからが今日の本題です──ファッションブランドは、そういった周辺的なトレンドの話をはるかに超えて、もっと直接的に、もっと能動的に動き始めています。「本を持つ人を広告に使う」「本のある空間を演出する」といったレベルではなく、本や文学のモチーフをプロダクトに、コレクションに、ブランドの思想そのものに織り込んでいる。

今日は、その「ファッションブランド側の動き」を4つのパターンに整理するところからスタートしましょう。

※ 生成AIが客観的な視点でレビューしています🐏🐕

Part 1:プロダクトとしての文学

まず1つ目のパターン。服やアクセサリー自体に、書籍や文学を直接デザインとして組み込む、というアプローチです。文学をモノとしてのプロダクトに直接落とし込む。最も物質的でストレートな表現です。

例えばDiorは2026年春夏で18世紀から20世紀の文学的名著の「初版本カバー」を、そのままバッグや服の表面に精緻な刺繍で再現しています。

Diorのアイコンバッグとして知られている「ブックトート」を文字通りブックにしてしまったところ、そして、ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』、ギュスターヴ・フローベール『ボヴァリー夫人』などなど、文学史に深く刻まれたタイトルに加えて『Dior by Dior』──これはメゾン創設者クリスチャン・ディオール自身が書いた1956年の自伝──をデザインに選ぶことで「ブランドの歴史の本の表紙」をそのブランドのバッグにプリントしてしまうところなどは、ジョナサン・アンダーソンらしいウィットの効いた仕掛けだと思います。

Dior

同じくCoachの2026年春夏キャンペーン「Explore Your Story」も、このパターンに分類されます。このコレクションでCoachは、世界各国の物語から選ばれたミニチュアの「ブックチャーム」を発売しました。ジェーン・オースティンの『分別と多感』やマヤ・アンジェロウの『歌え、翔べない鳥たちよ』、日本からは宮下奈都の『羊と鋼の森』、恩田陸の『蜜蜂と遠雷』などといった名作が含まれており、世界中のZ世代との対話を通じて選ばれたといいます。「自己表現にまつわるテーマを持つ作品」という選書基準が設けられていたそうで、この「共同制作」のプロセス自体がキャンペーンの核になっているわけです。

Instagram Post

そしてスウェーデンのブランドHodakova。2026年春夏のパリ・ファッションウィークのランウェイに、「本の形をしたドレス」を登場させました。「本を持って歩く」でも「本の絵が描かれた服を着る」でもなく、「本の形をした服を着る」。これはもはや文学へのオマージュというより、彫刻的な概念表現に近い。ファッションが文学を「着た」んです。比喩としてではなく、物理的に。

Part 2:文化のパトロンとしてのブランド

2つ目のパターンは、作家、詩人、あるいは文学賞といった「文学の担い手」と直接タッグを組む、というアプローチです。服ではなく、文学そのものを生み出す側と協働する。ブランドが「文化のパトロン」、あるいは「共同制作者」として機能するわけです。かつてメディチ家が芸術家を支援したように、ブランドが文化の担い手を象徴的・経済的に支援する動きですね。

ここで出てくるのがPradaです。2025年春夏のキャンペーンで、Pradaはアメリカの現代文学を代表する作家のひとり、オテッサ・モシュフェグに10本の短編小説を書き下ろしを依頼し、それをキャンペーンの一部として発表しました。

『My Year of Rest and Relaxation』で世界的な注目を集めたモシュフェグの名前は、SNSの文学クラスタでは絶大な人気を誇ります。特に若い女性読者に熱狂的に支持されている。そんな作家と組むことで、Pradaは自分たちが狙っているオーディエンスに対して、「私たちはあなたが好きなものを知っている」というシグナルを送ったわけです。

それから2024年、Valentinoが国際ブッカー賞(International Booker Prize)のスポンサーになりました。国際ブッカー賞は英語圏以外の文学を英訳して紹介する、世界でも最も権威ある文学賞のひとつ。ファッションブランドがこういった文化的・知的な賞のスポンサーになるというのは、ブランドのプレステージを「商業的な文脈」ではなく「知的・文化的な文脈」で表明するという、非常に洗練されたブランド戦略です。

International Booker Award

そして同じ文脈で、Loewe。彼らはスペイン語の詩の芸術的創作を促進・支援する国際詩歌賞(Loewe Foundation Poetry Prize)を長年にわたり支援しています。Loeweのブランドイメージ──知的で、アイロニカルで、アート寄り──とも見事に一致した選択です。

これらの取り組みに共通するのは、文学という文化そのものに投資することで、ブランドの知的権威を証明しようとしている点。そして重要なのは、その効果が「服を見る人」だけでなく、「文学を読む人」「文化に関心のある人」という、従来のファッション消費者とは異なる層にも届くということです。

Part 3:体験としての空間

3つ目のパターンは、書店や図書館など、読書カルチャー的な空間、体験を作り出すというアプローチです。「知性や教養の雰囲気を体験させるための場所」として空間を設計する。ここではブランドは、文化の「演出者」になります。

まずSaint Laurentパリに書店「Saint Laurent Babylone」をオープンしました。ラグジュアリーファッションブランドが書店という非ファッション的な空間を、期間限定のポップアップではなく恒常的に運営する。これはブランドのカルチャー的権威を「場所」として可視化した、かなり大胆な動きです。

Saint Laurent Babylone

Diorは自らの世界観が漂う図書館を模したポップアップを展開。来場者がブランドの世界観に浸れる体験型の空間を作り上げ、しおりやノートにイニシャルを刻むパーソナライゼーションサービスも実施しました。先ほど紹介したブックトートのデザインと合わせて、「プロダクト」と「空間体験」という異なるレイヤーで、同じ「文学」というテーマを同時展開しているわけです。

そしてMiu Miu。彼らが主催する文化サロン「Miu Miu Literary Club」は、文学を通じて女性の自律や知性を探求することをテーマに、本格的なブックイベントを開催しています。ファッションウィークの華やかさとは別の軸で、「知的なコミュニティのハブ」としてのブランドポジションを作り上げています。

加えて、Miu Miuは毎年、ミウッチャ・プラダ自身が選んだ女性文学作品を配布するポップアップ「Summer Reads」を開催しています。2024年のニューヨーク会場となった老舗雑誌店Casa Magazinesでは、Miu Miuのアイテムに身を包んだクリエイターたちが告知に協力し、当日は行列が街角をぐるりと取り巻くほどの盛況でした。ローンチから2日間で生み出したMIV(Media Impact Value)は85万2000ドルとのことです。

Miu Miu Summer Reads

ちなみに、現代のファッションウィークの会場には「ブランデッド読書ラウンジ」というものまで登場しています。柔らかい照明に、ソファがあって、本がある。美しい空間です。でも実際には、誰も本を読まずに写真を撮っている(笑)。このシーンの皮肉については、また最後に触れられればと思います。

Part 4:「知性のムード」を纏わせるコミュニケーション

最後、4つ目のパターンです。これが今回の4分類の中で、他の3つと最も性質が異なります。

服でも、空間でも、コラボレーションでもなく、「言葉とイメージ」だけで知性を演出する。広告コピー、キャンペーンビジュアル、ブランド全体のトーンや世界観に、文学・哲学・思想のエッセンスを織り込むというアプローチです。

ここでもPradaが中心にいます。Pradaは、キャンペーンのコピーにおいて実存主義的なトーンの問いかけを用いることで知られています。服の広告でありながら、コピーにはカミュやサルトルの文脈を思わせるような哲学的な響きが漂ってきます。そこでは「服を売る言語」ではなく、「思考を喚起する言語」が展開されている、ということができます。

Pradaはブランド全体として「cerebral minimalism(知的なミニマリズム)」と評されるポジショニングを確立しており、「考える人のためのファッション」という立ち位置を、特定のキャンペーンにとどまらず、ブランドのDNA全体に浸透させています。これは一朝一夕にできることではなく、長年にわたるブランドコミュニケーションの蓄積によって築かれたものです。

Prada

Acne Studiosは「melancholy cool(憂鬱なクールさ)」というムードで一貫して認知されています。直接的に文学作品を引用しているわけではないけれど、内省的で、憂鬱で、自己参照的な──まさに文学的な感傷をブランドの情緒的トーンとして定着させている。言葉より雰囲気で文学性を伝えるアプローチです。

そしてLoewe。「knowing irony(知的なアイロニー)」を武器にしていて、芸術や文学への深い造詣を前提とした、自己言及的でウィットに富んだ表現が特徴的です。「わかる人にはわかる」という前提で作られたコミュニケーション──これは一種の文化的なバリアであり、ブランドへの帰属意識を生む仕掛けでもあります。

このパターンに共通しているのは、文学の「内容」よりも文学の「雰囲気」「知性のシグナル」を借用しているという点です。実際に本を読まなくても、そのブランドを身につけたり広告を見たりするだけで、「知的な世界にいる気分」になれる。ある意味でこれは、文学的知性を最も効率的に、最も大衆的に「消費可能なもの」に変換したアプローチとも言えます。

書店がファッションブランドになる日

ここで少し視点を変えてみましょう。ここまでファッションブランドが文学側に歩み寄る動きを見てきましたが、実は逆方向の流れも同時に起きています。書店がファッションブランドになるという動きです。

原点は意外と地味なところにあります。ロンドンにあるエドワーディアン・スタイルの書店Daunt Books──Barnes & Nobleを再び文化の中心で輝く存在にしようとしているJames Dauntが創業した書店ですね──が2006年に導入した、店舗のイラストをプリントしただけのシンプルなキャンバストートバッグ。でも気づけばこれが「知的な人が持つバッグ」として認識されるようになり、世界中で数千枚売れました。

Daunt Books

このトートバッグに刺激を受けたのが、ロンドンの出版社兼ヴィンテージ・ブックストアIDEA BOOKSの共同創業者David Owenです。彼が最初に作ったのは、Winona Ryderにインスパイアされた「Winona」という言葉だけがプリントされたTシャツ。当初、Dover Street Marketのニューヨーク店オープンに合わせて25枚だけ作ったそのシャツは、今日までに15,000枚以上売れています。

IDEA BOOKSののアプローチでおもしろいのは「IYKYK(If You Know, You Know)」、つまり「分かる人には分かる」というバイブス。「IDEA」というロゴは商品の背面にだけ、特徴的なセリフ体フォントで入っている。知らない人にとってはただの「IDEA」という単語だけれど、知っている人には「あの書店だ」と分かるわけです。

IDEA BOOKS

一方、もうひとりのキーパーソンがIsabella Burley。Dazed誌の元編集長であり、Acne StudiosのCMOでもあった彼女が、2020年にオンラインで立ち上げた書店がClimaxです。2023年にロンドン、2025年にニューヨークでリアル店舗をオープン。そこには厳選された文学的エフェメラ、レトロ雑誌、アートのモノグラフが並びます。ラックにはハンドメイドのラテックスバッグとホットピンクのタイトTシャツが吊るされていて、「It-girlとlit-girlのオアシス(oasis for both It-girls and lit-girls)」となっています。

Burleyが「merch(マーチャンダイズ)」という言葉を嫌い、「wearables(ウェアラブルズ)」と呼ぶのが象徴的です。書店立ち上げから4年かけてブランドとしての世界観を構築して、ようやくChopova Lowenaとのコラボを解禁しました。「最初の日からClimaxと書いたホワイトTシャツを作るのが一番の商売になったかもしれない。でも、そうしなくて本当に良かった」と彼女は言います。

Climax

ちなみにIDEA BOOKSの収益は書籍販売、自社出版、マーチャンダイズがざっくり3分の1ずつ。書店とファッションが対等に共存しているそうです。これはもはや「書籍のおまけとしてのグッズ」ではありません。書店がファッションブランドとして機能し始めている。

そしてファッションブランドと書店は、「相互に文化資本を交換する共生関係」に入っています。ファッションブランドは書店で「知性の文脈」を借り、書店はファッションの文脈で「クール」の権威を借りる。ClimaxではニキビパッチブランドのStarfaceやHeaven by Marc Jacobsがイベントを開催するほど、文学の空間がさまざまな文化の「文脈を提供するインフラ」になっています。

なぜ今、ブランドは本を必要としているのか?

なぜこれほど多くのブランドが、今まさに文学に向かっているのでしょうか?

ここで一つ目のポイントは、速度の問題です。

いま私たちの生活は、とにかく速い。短尺動画、スクロール、通知、要約、切り抜き、アルゴリズム。どんどん流れていく情報の中で、本のスピードは特別遅く感じます。ページをめくるのに時間がかかる。集中力が必要。途中で飛ばしてもいいけれど、それでも「時間を取られる」メディアです。

ニューヨーク、パーソンズ美術大学の准教授、Francesca Granataはこう言っています。「文学って、やっぱりリズムがゆっくりなんです。本を読むにも、ブックトークやラウンドテーブルに参加するにも、それなりの時間が必要ですよね。だからこそ今、ファッション企業はそこに惹かれているんだと思います。ファッションや日常生活全体がせわしなく加速していく中で、もっとゆっくりで、丁寧な時間の流れを求める気持ちに応えようとしているのではないでしょうか」と。

IDEA BOOKSのオーウェンも似たことを言っています。「ファッションはスピードの世界ですが、「ファストファッション」という言葉は、ハイエンドブランドにとっては距離を置きたいものです。一方で、本は読むのに時間がかかるものですよね。たとえばMiu Miuが(Summer Readsで)提案している本を全部読もうとしたら、おそらく9月のパリ・ファッションウィークを過ぎてしまうでしょう。それだけ時間を要するということです。ファッションブランドが文学と結びつくとき、それは品質や持続性、そしてある意味では「すぐには手に入らない満足」──いわば遅延された満足感を示唆しているのだと思います」と。

本は今、「遅さそのものの象徴」になっています。ブランドにとって文学は、「じっくり時間をかける価値があるもの」というシグナルを送るための、最もエレガントな道具のひとつなんです。

二つ目は、文化資本の問題です。

かつてはクラシック音楽や美術館が「教養のシグナル」の典型でしたが、今そこに本が強く戻ってきています。しかもおもしろいのは、それが昔ながらの露骨な高級感ではないことです。ロゴを大きく見せるラグジュアリーではなく、「IYKYK、わかる人にはわかる」感じ。

「quiet luxury」の知的バージョンとでも言えばいいでしょうか。バルトとバーキン、ブロンテとボッテガの違いが分かり、ジョーン・ディディオンの名前がさらっと出てくるとか、気の利いた書店のトートを持っているとか、半歩ひねった知性の見せ方が、より高次元の美的意識に属していることを示すことになる。あるいは、少なくとも、その幻想に飛びついています。

Miu Miu Literary Club

三つ目は、コミュニティの問題です。

読書って、本来かなり孤独な行為じゃないですか。本は大体ひとりで黙って読むものです。でも今、そこが少し変わって来ています。ロンドンにある未来予測・トレンド調査コンサルティング会社「The Future Laboratory」のFiona Harkinはこう指摘しています。「Z世代は読書を「静かなコミュニティ形成の器」として使い始めている。読書パーティー、ライブパフォーマンス、ブッククラブ、ブックバー──かつて孤独だった読書体験を、「コミュナル・ウェルネス」に変えている。若い読者たちにとって、読書パーティーに参加することは、家を出て何かを学び、同世代と出会う新しい理由であると同時に、新しいステータスシンボルでもある」と。

まさにそうした動きを体現するように、先ほど紹介したCoachのキャンペーンでは、消費者が著者をタグ付けすることで、著者は世界中の他の著者とつながり始めています。ブランドは読書カルチャーを通じて「コンテンツを届ける」のではなく、「会話が生まれる場所」を作ろうとしているのです。

そして四つ目は、文学がまだ「市場から自由に見える」という点です。

これが、ある意味で最も戦略的な理由かもしれません。ファッションブランドは伝統的に現代美術との結びつきによって「文化的なオーラ」を纏ってきました。でも、アートの世界がどんどん「アート・マーケット」になっていくにつれ、ブランドがそこに自分たちを結びつける理由は薄れていっています。美術とファッションの親和性は今も高いけれど、現代美術が投資・投機の文脈で語られることが当たり前になった時代には、そこに乗っかることの「文化的なピュアさ」は以前より薄い。

一方で文学は、まだそうした投機的な市場から相対的に独立した文化的権威を持っているように見える。Granataはこう言います。「文学の世界には、市場とは切り離された、より真正な文化的権威がいまだ残っている」と。だからブランドが文学と結びつくとき、それは「ただ商売している感じ」から少し距離を置かせてくれる。文学を純粋に愛しているからというより、文学がまだ相対的に「文化的な文脈」を保っている、あるいは「少なくともそう思われているから」なのでしょう。

本という時代の鏡

さて、今日お話したことを、整理しておきましょう。

ファッションブランドが文学に向かう動きには4つのパターンがありました。プロダクトに直接文学を落とし込む、文化の担い手と協働する、読書的な空間・体験を作り出す、言葉とムードで知性を演出する。Saint Laurent、Valentino、Prada、Miu Miu、Dior、Coach、Loewe、Acne──これほど多くのブランドが同じ方向に向かっているのは、その背景に「遅さへの渇望」「知性という新しいステータス」「静かなコミュニティの器としての読書」というインサイトがあるからです。そして、文学がまだ相対的に「市場から自由に見える」文化的権威を持っていることも、ブランドにとって好都合です。

一方で書店は逆向きにファッションブランド化している。ClimaxやIDEA BOOKSは「知性のIYKYK」を体現するウェアラブルを展開し、書店とブランドが「相互に文化資本を交換する共生関係」に入っています。

ただし、ここで正直に見ておくべきことがあります。アメリカでは読解力スコアが下落し、英国でも若者の読書人口は減少傾向にあります。「#shelfie」を投稿し、ジェルペンで余白に書き込み、その書き込みをコンテンツにする──本は「読まれるもの」から「見せるもの」に変わっていく。「ブランデッド読書ラウンジで誰も本を読まずに写真を撮っている」という先ほどの場面、まさにそれです。ファッションブランドが差し出す「読まなくていい読書リスト」としてのランウェイ。これが今の時代の正直な姿のひとつではあります。

でも、それを批判するだけで終わらせるのも少し勿体ない、私はそう思っちゃうんですよね。Miu Miu Summer Readsのポップアップに行列ができ、Climaxのバンパーステッカーに見知らぬ車がクラクションを鳴らす。「本が好き」というシグナルに、反応する人が街にはまだいる。パフォーマティブな入口であっても、入口は入口です。

ファッションは常に、時代の症状を最も鋭敏に察知する媒体のひとつです。これほど多くのブランドが同時に文学に向かっているという事実は、人々の奥底に「深みへの飢え」があることの、ひとつの証拠だと思っています。今日、あなたがこの講義を聞いたこと、それ自体が一歩です。誰も見ていなくても、誰かが見ていても、ページをめくってみてください。

では今日はここまで。お疲れさまでした!

🐏 Behind the Flock

“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。

1. ファッションは「文学的」になりつつあるのか?

近年、ファッションと文学の融合が進み、「本を読むこと」自体が一種の視覚的・文化的スタイルとして消費されている。SNS上では「Book Girls」に象徴されるように、本は知的営為というよりも自己演出の小道具となり、ブランドもこの潮流を取り込み書店展開や文学賞支援、キャンペーンへの作家起用などを進めている。こうした動きは、文化資本としての「知性」を可視化し、ステータスとして提示する試みとも言える。一方で、読書量や読解力は低下し、BookTok的なアルゴリズム文化の中で読書は「深く読む行為」から「見せる行為」へと変質している。結果として、文学は再評価されつつも、表層的な美学として再ブランド化されているに過ぎない側面もある。それでも、こうした現象の背後には、意味や深さへの渇望が存在しており、ファッションと文学の交差は、表象と実質のあわいで新たな可能性を模索している。

2. Saint Laurentの本屋

Saint Laurentンはパリ左岸のグルネル通りに、書店兼レコードショップ「Saint Laurent Babylone」を開設した。旧ブティック跡地を活用し、マーブル什器やドナルド・ジャッド風の家具を配したミニマルな空間は、ギャラリーと書斎を融合した雰囲気を持つ。店内では希少書籍や絶版レコード、雑誌をはじめ、アート作品や限定グッズを展開し、クリエイティブ・ディレクターのアンソニー・ヴァカレロが選書・選品を手がける。自社出版レーベルによる新刊や著名アーティストとの協働作品も揃え、文化イベントやサイン会も開催予定。さらに映画制作への進出など、同ブランドは写真・芸術・デザイン領域との連携を強化しており、本店舗はその文化的拡張戦略の象徴と位置づけられる。店名は創業者イヴ・サンローランとピエール・ベルジェゆかりの地に由来する。

3. 「Book Merch」の人気がかつてないほど高まっている

現代の高速化・AI化する社会への反動として読書への関心が高まり、文学が新たなカルチャー的ステータスとなっている。この潮流の中で、「Poetcore」と呼ばれる文学由来のファッションや、書店発のマーチャンダイズ(Book Merch)が拡大。ClimaxやIdeaといった書店は、Tシャツやバッグなどを通じてファッションブランド化し、来店経験や知的趣味を可視化する記号として機能している。ラグジュアリーブランドもこの動きを取り込みつつあるが、支持を集めるのは限定性や審美性を重視するニッチな書店群である。起源は2006年のDaunt Booksのトートバッグに遡り、現在はよりキュレーション性の高い「ウェアラブル」へ進化。書店とファッションは相互に文化資本を補完し合い、ブックマーチは知性や趣味、さらには魅力を示すアイデンティティ表現として広がっている。

🫶 A Lamb Supreme

The Rest Is Sheepsが日常で出会った至高(笑)の体験をあなたにも。

今週もお休みです 🐏

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