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#039_Sheep 匿名性というラグジュアリー(前編)

生後9ヶ月で『フルハウス』のミシェル役として全米の注目を浴び、その後もティーンセレブとしてメディアの過剰な視線にさらされ続けたオルセン姉妹。自由と匿名性を渇望した彼女たちが、2006年に静かに立ち上げたのがファッションブランド「The Row」だった。ロンドンの名門Savile Rowへのオマージュを込めたこのブランドは、奇をてらわない緻密な服づくりと控えめな美学で、当初は懐疑の目を浴びる。しかし、装飾やロゴに頼らず、ただ「服そのもの」で語る姿勢は、やがてリーマン・ショック後の価値観の転換と静かに共鳴し始める。Quiet Luxuryという時代の感性が芽吹くなか、その源流に立つThe Rowの誕生と理念をひもとく。

“The Rest Is Sheep”は、デジタル時代ならではの新しい顧客接点、未来の消費体験、さらには未来の消費者が大切にする価値観を探求するプロジェクトです。

役に立つ話よりもおもしろい話を。旬なニュースよりも、自分たちが考えを深めたいテーマを――。

そんな思いで交わされた「楽屋トーク」を、ニュースレターという形で発信していきます。

🔍 Sheepcore

カルチャー、アート、テクノロジー、ビジネスなど、消費者を取り巻く多様なテーマをThe Rest Is Sheepのフィルターを通して紹介します。結論を出すことよりも、考察のプロセスを大切に。

匿名性というラグジュアリー(前編)

©️The Rest Is Sheep

「『フルハウス』の撮影のときは、週に3回、6時間も衣装合わせをしていたの。だって1話で12着も衣装を着なきゃいけなかったから」とアシュレーは振り返る。衣装のほとんどは、大人用のCHANELやMARC JACOBSなどの服で、それを二人のサイズに合わせて仕立て直したものだった。「私たちはすごく小さかったから、自分たち用に服をデザインし直していたようなものだったの」とメアリー=ケイトが続ける。「たぶんその頃から「フィット感」に夢中になって、それが今では仕事になっているんだと思います」

1987年から1995年にかけて、アメリカの家庭に笑顔と涙を届けたシットコム『フルハウス』で愛くるしいミシェル・タナー役を演じたメアリー=ケイトとアシュレーのオルセン姉妹。撮影は彼女たちが生後生後9か月のときに始まった。子役の労働時間を制限する児童労働法に則り、二人は交代でミシェル役を演じ続け、番組終了の1995年まで視聴者を魅了した。

『フルハウス』

彼女たちは瞬く間に全米のお茶の間のアイコンとなり、メディアとともに成長していったが、そこには代償もあった。多感なティーンエイジャー時代に世間の絶え間ない注目に耐えることを余儀なくされた。全米が彼女たちのプライベートを好奇の目で見つめ——16歳のときにはテレビ番組のインタビューで処女かどうか尋ねられたことすらあった——プライバシーという言葉が空虚に響くような日常を生きることになる。

自由と知性を求めて入学したニューヨーク大学でも世間の執拗な視線は彼女たちを逃がさなかった。クラスメイトが彼女たちの行動をメディアにリークするような環境にあって、彼女たちはやがて大学生活を諦める決断を下す。

オルセン姉妹が2006年に立ち上げたファッションブランド「The Row」には、そんな二人の人生の軌跡が静かに刻まれている。幼い頃からCHANELやMARC JACOBSの衣装に触れて育った経験は、彼女たちの「素材」や「シルエット」に対する鋭敏な感性を育てた。そして何より、常に注目され続けた人生は、表に立たず、名を語らず、あくまで「服そのもの」に語らせるブランド哲学へと昇華された。

かつての「見られる人生」の裏返しとして、彼女たちは「匿名性」という静かなラグジュアリーを選び取った。そしてその選択は、時代の感性と密かに響き合いながら、やがてファッション史の一章を塗り替えていくことになる――。

The Rowの誕生

二人は世界最高のオーダーメイドテーラーが並ぶロンドンのSavile Rowからそのブランド名を名付けた。そこに込められたのは、伝統的なテーラリング、卓越した職人技、そして控えめなエレガンスへの敬意だ。姉妹は、この英国的精神をアメリカのファッションに持ち込むことを試みた。

ブランドの幕開けは、小さなカプセルコレクションからだった。ドレープTシャツ、コットンサテンレギンス、カシミアタンクトップドレス——たった7つのアイテムで構成された最初のラインアップは、奇をてらうことなく、むしろ「どこまでも普通」に見えた。しかし、そのどれもが緻密なパターン設計と素材への徹底したこだわりに支えられていた。

Vogue(2006年11月)

テレビのスターからアパレルブランドへの転身は決して歓迎一色というものではなかった。2000年代、ファッション界を支配していたのは「マキシマリズム」。ブリトニー・スピアーズやパリス・ヒルトンのスタイルが象徴するJuicy Coutureのビビッドなトラックスーツや、Louis Vuittonと村上隆の遊び心溢れるコラボレーションによるカラフルなバッグ、ロゴマニアの全盛——そうした「見せるラグジュアリー」が支持されていた時代に、The Rowの静かな佇まいは異質に映った。

ブリトニー・スピアーズとパリス・ヒルトン

Louis Vuittonとスティーブン・スプルースのコラボ(2001年)、Dior(2004年)

加えて、業界関係者は、完璧な製品よりも話題性や利益追求に重きをおいているとして、セレブリティが手がけるブランドを軽蔑していた。2007年にThe Rowとオルセン姉妹を取り上げたThe New York Timesの記事は、「セレブリティ発のブランドが知名度と広告戦略によって短期間で成功し高額な香水のライセンス契約も早期に獲得する一方で、伝統的なデザイナーは売上を上げるのに苦労し、注目されるまでに長い時間を要する」と、皮肉的なトーンで指摘している。ファッションデザイナーのヴェラ・ウォンは「セレブリティたちのせいで、本物のデザイナーの仕事がやりにくくなった」とこぼした。

匿名性というラグジュアリー

祝福とは言い難い空気の中でスタートしたThe Row。設立当初の数年間、ブランドは自らの存在意義を正当化する戦いを強いられることになる。2007年8月、New York MagazineがThe Rowについての記事につけた「Attack of the Fashion Gremlins(ファッション・グレムリンの襲来)」というタイトルは、「可愛らしかった子役がいつの間にか、ラグジュアリーファッションの世界に現れた」という、このブランドに対する皮肉と驚きの混じった視線を象徴している。

こうした空気の中、オルセン姉妹は徹底して「姿を消す」ことを選んだ。ブランド立ち上げ当初からソーシャルメディアには一切登場せず、セレブリティとしての立場とブランドのアイデンティティを切り分けた。「私たちは前面に出たくなかったし、それが私たちであることを人々に知られたくなかった」とアシュレーは2021年のi-D誌のインタビューで語っている。

彼女たちが頼ったのは、あくまで製品そのものの力だった。バイヤーやエディターに向けて、生地の質、パターンの工夫、シルエットの設計意図などを一つ一つ丁寧に説明し、服を通じてブランドの信頼を築いていった。その信念は細部にまで徹底されている。The Rowの製品に付けられたタグは、小さなラベルにごく簡潔なフォントでブランド名が記されているだけ。華やかなロゴや装飾は排された。

そうした「匿名性の美学」は、やがて市場の見方を変えていく。2009年、当時Barneys New Yorkのファッションディレクターだったジュリー・ギルバートはこう語っている。「これがメアリー=ケイトとアシュレーのコレクションだということは、正直みんなあまり気にしてないと思います。みんな、ただ服が気に入って買っているんです」。

セレブリティという「資本」をあえて使わず、むしろそこから距離を取ることで、The Rowは「セレブブランドの罠」から抜け出した。そしてそのことこそが、ブランドにとって最大の信頼資産となっていく。

LoudからQuietへ

2008年、世界を揺るがした金融危機は、「豊かさ」の意味を根本から問い直す転機となった。急速に広がった経済不安は、過剰な消費や見せびらかすようなラグジュアリーへの倦みをもたらし、ファッションの潮流も大きく揺り戻された。

それまで主流だったのは「Loud Luxury」——大胆な色使い、派手なロゴ、煌びやかな装飾によって「豊かさ」を視覚的に誇示するスタイルだ。しかし、危機ののちに求められたのは、それとは対照的な「静けさ」だった。より洗練され、控えめで、内省的な美学。人は「見せる豊かさ」から、「感じる豊かさ」へと価値軸を移していった。

この「Quiet Luxury」という概念自体は、決して新しいものではない。ルネサンス期のイタリアにおいて裕福な階級が職人に注文していた衣服や装飾品には、ブランドの記号などひとつもついていなかった。代わりにそれらを特徴づけていたのは、選び抜かれた生地、繊細な刺繍、そして時間と手間を惜しまず施された精緻な仕立てだった。製品は一生ものとしてデザインされ、それこそが「静かなる贅沢」の証だった。まさに「オールドマネー」と呼ばれる、時代を超えて代々受け継がれてきた富裕層の価値観に根ざした美学と言えるだろう 。

フィービー・ファイロ時代のCeline(2014年)

そして、2020年に世界を襲ったパンデミックが「静けさ」の価値を再定義した。外出が減り、人と会う機会が減り、ワードローブに求められる機能は一転して「快適さ」や「持続性」へと傾いた。ラウンジウェアやホームウェアが高級化し、カシミアやリネンといった天然素材への回帰が進んだのもこの頃からだ。あえて語らない、あえて飾らないという選択が、「誠実さ」や「信頼性」といった新たな価値を帯び始める。

決定的なトリガーとなったのが、HBOドラマ『Succession(メディア王)』だった。メディア王一族の後継争いを描いたこのドラマで登場人物たちがまとうのは、ごく控えめだが驚くほど高価なワードローブ——Loro Piana、Brunello Cucinelli、そしてThe Row。ラグジュアリーの新しい語り口は、ロゴではなく、シルエットや素材の選定に宿っていた。

ドラマの影響は瞬く間にSNSに波及する。「#oldmoneyoutfits」といったハッシュタグがTikTokを席巻し、Googleでの「Quiet Luxury」の検索数は前年比で614%増、かつて一部の上流階級の私的な美学だったQuiet Luxuryは、瞬く間にグローバルなトレンドとなった。

(後編に続く)

🎙️ポッドキャストはコチラ!
※ 生成AIが客観的な視点でレビューしています🐏🐕

🐏 Behind the Flock

“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。

1. Quiet Luxuryがクチュールを席巻

2023年秋のオートクチュールシーズンでは、「Quiet Luxury」が主流となり、ミニマルな美学、単色使い、伸びやかなシルエットが各ブランドで目立った。Fendiでは縫い目を最小限に抑えた austere(簡素)なドレスが、Chanelでは洗練されたパリジェンヌの魅力が、Diorでは古代ギリシャ風のプリーツドレスが披露された。各ブランドが“静か”でありながら贅沢な表現を探る中、一部デザイナーはこのトレンドの呼称に異議も示した。

2. ファッション・グレムリンの襲来

オルセン姉妹は子役時代から圧倒的な人気と財を築き、10代で巨大ビジネス「デュアルスター」を率いてきた。だが彼女たちは今、自身の成熟や個性を反映した新ブランド「The Row」に挑戦している。シンプルで高品質なTシャツやミニマルなアイテムを中心に展開し、従来の商業路線とは一線を画す。名前も前面に出さず、純粋に服そのもので評価されることを志向する。彼女たちの進化は、量産型セレブとは異なる本物のスタイルと美意識の証明である。

3. The Rowの15周年とオルセン姉妹のインタビュー

2006年、オルセン姉妹が創設したThe Rowは、無名の白Tシャツから始まり、控えめな美学と卓越した品質を追求する「ステルス・ラグジュアリー」の象徴的ブランドに成長した。ロゴや自らの名前を前面に出さず、素材・縫製・着心地にこだわる姿勢は、過度な消費主義への静かな反抗でもあった。徹底した匿名性と完璧主義に支えられた服作りは、静謐で詩的なショー演出や美術館のような店舗空間にも表れ、世界中の目の肥えた顧客を魅了している。彼女たちにとってラグジュアリーとは「人生を少し楽にするもの」であり、The Rowはその信念を体現したアメリカ発のタイムレスなラグジュアリーブランドとして、唯一無二の存在となった。

🫶 A Lamb Supreme

The Rest Is Sheepsが日常で出会った至高(笑)の体験をあなたにも。

無計画で大阪・関西万博に馳せ参じた記録📝

結論から言うと、我々は完全に舐めていた。先週、大阪で開催されている大阪・関西万博に行ってきたのだが、これほどまでに準備不足を痛感させられるイベントがあっただろうか。

皆様ご存知の通り、大阪・夢洲で開催している国際博覧会で、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、世界各国のパビリオンが出展している。1970年の大阪万博以来、55年ぶりに大阪で開催される万博として注目を集めている。

「とりあえず覗きに行くか」という浅はかな考えで、日程だけ決めてチケットを購入。チーム『The Rest Is Sheep』の二人で、いざ参戦である。下調べはほぼゼロで挑むことにした。皆さんは絶対に真似しないでいただきたい。

別件で大阪に前乗りしていた🐕と14時手前に新大阪で合流し、万博参戦前の腹ごしらえとして、ひとまず駅で串かつをいただくことに。🐏は3ヶ月ぶりの大阪で少々テンションが上がり、平日の昼時のビールという心地よい背徳感に後押しされ、早々にでき上がってしまった。夢洲まで移動するのが正直面倒になってしまう始末である。

ほろ酔い状態で電車に乗り込み、ここでようやく本日のタイムテーブルの検討を開始。しかしながら、オフィシャルサイトの高度なUIについていけず、心が折れそうになる。使われた方は共感いただけると思うが、このUI設計には意義を申し立てたいところだ。

現地は平日にも関わらず大盛況で混雑していた。とりあえず万博の雰囲気を体感すべく、会場をぐるっと一周したが、30度近い猛暑と長蛇の列に圧倒され、ひとまず涼める場所で戦略を練ることに。当日予約の空き枠を確保するため、オフィシャルサイトと睨めっこしながらパビリオンの動向を探ったが、そこでもオフィシャルサイトの高度なUIに阻まれ、すぐに挫折。「空き枠あり」のボタンを押しても「満席です」の文字しか現れない絶望感。諦めた🐏はうどんとソフトクリームを食べることにし、🐕はまさかの万博会場で次週の原稿を書き始める(笑)という脱力状態であった。

ここで救世主が現れる。東京の友達が母親と一緒に参戦していたらしく、母親と解散後、我々の元に来てくれたのだ。無知な我々とは裏腹に、彼女は3ヶ月前からしっかり下調べして、完璧に準備してきた万博の戦士であった。 当日予約は夢のまた夢らしい。人気パビリオンは事前予約が必要で、2ヶ月前、1ヶ月前、7日前から抽選が始まるのだとか。そもそも事前予約システムの存在すら知らなかった我々は完全に場違い状態。「お前ら女子とデートする時もそんな感じなんか?」と、完全に呆れられていた(笑)。

この偶然の出会いがなければ、我々は確実に何も見れずに帰宅していただろう。欲を言えばイタリア館も訪問したかったのだが、今回はフランス館で十分満足である。

会場内の人気パビリオンは想像を絶する大行列だったが、彼女からのレクチャーを信じ、フランス館の待機列に並ぶことに。意外とサクサクと進み、40-50分ほどでパビリオンに入場することができた。 フランス館は、もはやLVMHの豪華な展示会状態。フランスの文化なのか、LVMHの宣伝なのか。一国の文化を凝縮するパビリオンを1ブランドがほぼ独占している状況は、今の時代を色濃く象徴しているなと驚嘆。フランス館を出た直後、夜のドローンショーを観覧し、速やかに会場を後にした。  

巷では「#万博ハック」や「万博攻略法」など有益な情報が溢れている。同じ過ちを犯さないために、我々の体験を通じて得ることができた、極めて意識の低い3つの心得を記載する。

万博に挑むための最低限の3つの心得 

その1:事前予約システムを制する者が万博を制する 
人気パビリオンは2ヶ月前から抽選開始である。当日予約への期待は甘すぎる幻想。真の万博マスターは計画的に行動する。「なんとかなるやろ〜」は通用しない。面倒臭がらないことが肝要。

その2:清廉潔白な精神状態でこそ万博の真理に到達する 
入場前の酩酊は万博への冒涜行為である。複雑な予約システムと巨大な会場を攻略するには、シラフでの挑戦が必須だ。入場前に浮かれないこと。

 その3:絶望的行列にこそ万博の神髄が宿る 
地獄絵図の大行列を見て怯んではならない。意外とサクサク進む万博マジックを信じ、臆せず行列と一体化せよ。

無計画の代償を骨身に染みて感じながらも、予想外の発見と出会いに満ちた充実した一日だった。皆さんは我々のような失敗をしないよう、是非一度、事前準備をしっかりした上で参加してみてほしい。

すべての誤字脱字は、あなたがこのニュースレターを注意深く読んでいるかを確認するための意図的なものです🐑

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