#069_Sheep 小さな書店の作り方

「一年も持たないでしょう」──昨年、英国の小さな村で書店を開こうとした女性は、弁護士からそう告げられた。Amazonの台頭以降、米国の独立系書店は衰退の一途をたどり、2009年には史上最低水準まで落ち込んでいる。ところがいま、その流れは静かに反転しつつある。米国では独立系書店が過去5年で約70%増加し、2025年だけでも422の新店が誕生した。なぜ「消えゆく産業」が復活しつつあるのか。その鍵は、価格や品揃えの競争を降り、「なぜ人がそこに留まるのか」を問い直した点にある。体験の設計、キュレーションの深化、コミュニティへの投資──小さな書店の戦略は、デジタル時代における「場所」の価値をあらためて浮かび上がらせている。

“The Rest Is Sheep”は、デジタル時代ならではの新しい顧客接点、未来の消費体験、さらには未来の消費者が大切にする価値観を探求するプロジェクトです。

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小さな書店の作り方

©️The Rest Is Sheep

独立系書店の受難

「本屋ですか?素敵でロマンチックな発想ですね。一年も持たないでしょう

イギリス、ウィルトシャー州ティズベリー。書店のオープンを決意したクロエ・フォックスに、空き物件の購入手続きを依頼したソリシター(事務弁護士)はこう声をかけた。

──2025年2月

敢えて言うまでもなく、独立系書店──いわゆる街の小さな本屋だ──は、長い間苦境に立たされてきた。1995年、米国でAmazonが「地球最大の書店」を掲げ、実店舗を下回る価格での販売を始めると、読者は急速にオンライン購入へと流れていく。だが小規模店舗にとって、それは新たな脅威というより、追い打ちに近かった。すでにBarnes & NobleやBordersといった大型チェーンとの競争にさらされていた彼らは、次々と店を閉じていった。

1995年に約7,000店舗あった米国の独立系書店は、2009年には1,651店舗と史上最低水準まで落ち込む。英国も同様だ。業界では親しみを込めて「Indies(インディーズ)」と呼ばれる独立系書店は、1995年の1,894店舗から緩やかに、しかし確実に減少を続け、2016年には867店舗まで減っていた。

専門家たちは口を揃えて、業界の崩壊を予測した。

 

書店というコミュニティ

クロエは言う。「私たちの多くは、日々の暮らしの中で、コミュニティを失っていってるんだと思うんです。だからこそ、人は大勢で音楽フェスに出かけたり、正直ちょっと高すぎる劇場に足を運んだりする。あれは、みんな「つながり」を求めているから。一度は、SNSの中にそれを見つけた気になった。でも今になって振り返ると、あれは思い違いだったんだな、って気づく人も多いんじゃないかしら」

──2025年8月

Amazonの台頭後、品揃えを増やしてオンラインの巨人に対抗しようとした書店もあった。だが別の道を選んだ店もある──実店舗だからこそできることに、あえて賭けたのだ。

ハーバード・ビジネス・スクールで、技術革新の波の中を予想外の形で生き延びた産業を研究するライアン・ラファエリ教授は、その戦略を「3つのC(3C’s)」として整理する。

  • Convening(集う場):リアル書店には、物理的に人を集める力がある。著者を招いたイベントに加え、子ども向けの読み聞かせ、ヤングアダルト向け読書会、誕生日パーティーまで、文学に情熱を持つ人々が集う機会を幾重にも──年間500ものイベントを開催する店もある──重ねてきた。「人々は自分の居場所を見つけ、「この人たちと関わりたい」と思うようになる」とラファエリは言う。

  • Curation(キュレーション):第二に、独立系書店は独自のキュレーションを磨いた。Amazonのアルゴリズムが直近の購入履歴からおすすめを推測するのに対し、彼らは作家コミュニティと密につながり、アルゴリズムがまだ見出せていない本やジャンルを紹介することに力を注いだ。より個人的で、専門性の高い体験を提供しようとしたのだ。Amazonもかつて実店舗展開を試みたが、すぐに撤退している。本を選ぶ愛好家の基盤や、本物らしさの感覚を作り出すことができなかったからだ。

  • Community(コミュニティ):そして最も重要なのは、独立系書店がコミュニティ意識を自らのアイデンティティの中核に据えた点である。彼らは「ローカルで買う」ことの価値を訴えた先駆けの一つとなった。価格の安さではなく、その店でお金を使う行為そのものが地域への投資になる──オンラインより多少高くても独立系書店を選ぶことが、単なる消費ではなく、コミュニティを支える意思表示として受け取られるようになった。

英国オックスフォードシャー州チッピング・ノートンにある書店Jaffé & Nealeの共同創業者、パトリック・ニールには、40年に及ぶ書店経営キャリアの中で特に印象深い日があるという。前夜に大雪が降り、朝早く店に着いた彼は、客が買い物できるように店の前の道を雪かきした。「その日の午後、地元の男が店に入ってきて、父親の葬式で読む詩を勧めてくれと頼まれたんだ。良い本屋の仕事は、本を売るだけじゃない。それ以上のものなんだ

“Reinventing Retail: The Novel Resurgence of Independent Bookstores.”

 

業界が共有する「生き残りの知恵」

英国書籍販売協会(Booksellers Association: BA)は、クロエがこれまでに出会ったことのない種類のコミュニティだった。連絡を取った会員は誰もが、手間を惜しまず助けの手を差し伸べてくれる。BAの無料メンタリング制度を通じて、ニールは──店から車で二時間半離れた場所から──忙しい中わざわざ足を運び、丸一日かけてクロエの構想に向き合ってくれた。

──2025年8月

地理的制約を受けやすい独立系書店のオーナーたちは、他業種に比べてノウハウ共有への意欲が高い。書店を単なる小売ではなく、文化施設と捉えていることが、その動機を強めている。競争相手であると同時に、文化を守る仲間でもある──その意識が、業界を結束させてきた。

米国の業界団体、アメリカ書店協会(American Booksellers Association: ABA)は、書店経営者が集まりノウハウを共有したり講習を受けたりできるイベントを頻繁に開催している。2000年代初頭、生き残りをかけて試行錯誤された手法は、いまや新規開業者が最初から享受できる「共有資産」となっている。

ラファエリはこう指摘する。「これが物語の核心なんだ──彼らは結束し、互いに教え合っている

Fox & King(The Financial Times)

 

増加し始めた独立系書店

クロエの書店「Fox & King」の開店当日。彼女は看板を「Open」に切り替えた。最初の客は、植物画家の女性で、生後18か月の孫をベビーカーに乗せていた。もうすぐ生まれてくる弟か妹の存在に少し戸惑いを感じているその子の気持ちをやわらげるために、『Each Peach Pear Plum(もものき なしのき プラムのき)』を一冊買っていった。

その日、来店した客のうち二人は、村に本屋ができたことがあまりにうれしくて涙を流して喜んだ──誇張ではなく、本当に泣いたのだ

──2025年10月

いま、米国では独立系書店が着実に増えている。2009年以降、店舗数は増加に転じ、2025年だけで422の新店が開いた。総数は約3,700店舗。2000年と比べると、約7割の増加だ。

英国でも同様の動きが見られる。英国書籍販売協会のマリル・ホールズは振り返る。「2016年には867店舗まで落ち込み、状況はかなり厳しかった。2020年のパンデミックで、もう終わりだと思いました。でも予想に反して、数は減るどころか増え始めたんです」

2005〜2018年の米国の独立系書店数推移(Reinventing Retail: The Novel Resurgence of Independent Bookstores)

2020年のパンデミックは書店に深刻な打撃を与えた一方で、人々の意識を大きく変えた。街の店や文化的な場は、自然に存在し続けるものではない。誰かが意識的に支えなければ、簡単に失われてしまう。その事実を、日常の断絶が突きつけたのだ。

結果として、実店舗で過ごすことへの関心はむしろ高まった。「彼らはデジタル疲労の恩恵を受けた」とラファエリは言う。「人々は、地元で買い物をし、その体験を味わい、他者と関わることを楽しみにしていた」

 

書店を「売場」から「滞在」へ

一日の終わりにレジを締めながら、クロエは、ほぼ150冊もの本を売っていたことに気づく。そして次の瞬間、今度は別の事実に思い至る──それらをどうやって補充すればいいのか、まったく見当がつかないのだ。書店の利益率は低く、最大の課題は常にキャッシュフローにある。売れた本をすべて補充していたら、いったいどうやって生計を立てればいいのだろう。今はまだ、そんなことを深く考えるべきではない。そう自分に言い聞かせた。

──2025年10月

もっとも、独立系書店の再評価や数の回復が、そのまま楽観を意味するわけではない。書籍販売はもともと利益率が低く、好況時でさえ安定した収益を確保しづらい業態だ。加えて米国では過去20年で、「楽しみとして日常的に本を読む人」の割合が推計で約40%減少している。情熱だけでは乗り切れない現実が、常に横たわっている。

だからこそ書店は、「本だけで成り立つ店」という前提そのものを組み替えてきた。短時間で買って帰る売場から、時間を過ごす場へ。書店を、取引の場ではなく、体験を生む公共空間として再設計する試みだ。

ブルックリンのLiz’s Book Barはその象徴的な例だ。地元の酒やコーヒーを提供するバーを併設することで、人びとが自然と腰を落ち着け、会話や仕事、偶然の交流が生まれる環境を整えている。

オーナーのモーラ・チークスは言う。「ただ本を見て買って帰るだけの、取引的な書店にはしたくなかった。人々が来て、くつろいで、インスピレーションを受けて、見知らぬ人と出会って、ただ時間を過ごせる公共空間をつくりたかったんです」

Liz’s Book Bar(Brooklyn Magazine)

このモデルは、文化的価値と経営合理性を同時に満たしている。平日はバーが安定した収益を生み、週末には書籍が売れる。本を主役に据えながら、都市部で店を維持するための現実的な構造だ。同様の発想は、雑貨やアパレル、料理道具などを組み合わせる形で他の書店にも広がっている。そして重要なのは、それらが「滞在する体験」を厚くする装置として機能している点にある。

読書人口が縮小する時代、独立系書店は「何を売るか」ではなく、「なぜ人がそこに留まるのか」を問い直してきた。その答えとして生まれたのが、書店を小売業から、地域に根ざした滞在型の文化空間へと再定義する試みなのである。

その意味で、独立系書店の復活は、単なる業界再生の物語ではない。

それは、効率と利便性を極限まで追い求めてきた社会の中で、人びとが再び「意味のある時間を過ごす場所」や「顔の見える関係」を必要とし始めたサインなのだ。アルゴリズムはあなたの欲しい本を予測できるかもしれないが、あなたの人生を変える一冊を手渡してはくれない──その役割を担ってきたのが、街の小さな書店だった。

開店初日の夜、照明を落としたクロエの店に残されていた一通の手紙は、何よりもそのことを雄弁に物語っている。

Fox & King(The Financial Times)

照明を落とし、「Closed」の札を掛けてから、クロエは最後にもう一度、店を見渡した。本屋だ──私自身の本屋。新しい紙とペンキの匂いが漂い、物語と思想で満たされた空間だった。店を出ようとしたとき、ドアマットの上に封筒が置かれているのに気づく。中には20ポンド札と、短い手紙が入っていた。

「Fox & King様。本を一冊、注文したいのです。私はあまり健康状態がよくありませんが、本は生きる理由を与えてくれます。おつりはそのまま取っておいて、必要としている誰かに渡してください。自分では本を買えない人に。たとえば子どもとか、あるいは世界について何か新しいことを知りたいだけの人に。

新しいお店の門出に、心からの幸運をお祈り致します。本が届いたら、どうかショーウィンドウに置いてください。私は電話を持っていないのですが、それを見れば、自分のための本だと分かりますから」

──2025年10月

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※ 生成AIが客観的な視点でレビューしています🐏🐕

🐏 Behind the Flock

“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。

1. 独立系書店が驚くべき復活を遂げている

2020年以降、米国の独立系書店は70%増加し、2025年だけで422店が新規開店した。かつてAmazonの台頭で存続が危ぶまれた業界だが、オンライン書店にはない物理空間の強みを活かして復活を遂げた。独立系書店は年間500回ものイベントを開催し、人々が集まる場を提供している。また、アルゴリズムではなく文学に精通したスタッフによる書籍の厳選が特徴だ。さらに「地元で買い物をすることは地域社会への投資」という価値観を消費者に浸透させ、高価格でも支持を得ている。パンデミック後はデジタル疲れから実店舗への関心が高まり、バーを併設するなど滞在時間を延ばす工夫も功を奏した。業界団体を通じた知識共有により、新規開店する書店も先駆者の経験を活かせる仕組みが確立されている。

2. 独立系書店がAmazonに勝つ方法:小売業者が学ぶべき教訓

ハーバード大学のライアン・ラファエリ教授の研究によると、独立系書店は2009年に1,651店まで減少したが、その後49%増加し2,500店以上に回復した。Amazonや大型書店チェーンとの競争に打ち勝つため、独立書店は「3C」戦略を採用している。それは、コミュニティ(地域との強い結びつき)、キュレーション(顧客ニーズに合わせた商品選定と「ハンドセリング」による個別提案)、コンベニング(イベント開催や快適な空間提供による人々の集いの場づくり)である。この戦略により、独立書店は単なる本の販売所から、地域の「サードプレイス」へと変貌を遂げた。同研究は、あらゆる小売業者がデジタル時代に生き残るための実践的なモデルを提示している。

3. 趣味で本を読む人が減っている

2003年から2023年までの米国調査によると、娯楽として読書をする人の割合が40%減少し、2004年の28%から2023年には16%まで落ち込んだ。この調査は紙の本だけでなく電子書籍やオーディオブックも含む広範な定義で読書を捉えており、研究者たちは減少幅の大きさを「驚くべきもの」としている。原因は明示されていないが、SNSやテクノロジーの普及、経済的圧力による労働時間の増加が一因とされる。所得や教育水準による格差も拡大し、特に低所得層や子どもと読書する家庭の減少が将来的な影響を懸念させる。研究者らは、読書が共感力や精神的健康、社会的つながりを育む「健康資源」であると強調している。

🫶 A Lamb Supreme

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