• The Rest Is Sheep
  • Posts
  • #012_Sheep Barnes & Nobleの転向:ヒールからベビーフェイスへ(前編)

#012_Sheep Barnes & Nobleの転向:ヒールからベビーフェイスへ(前編)

1990年代、大型書店Barnes & Nobleは、独立系書店を次々と押しつぶす「ヒール」として市場を席巻していた。しかし、Amazonの台頭により、その巨大な帝国も次第に揺らぎ始める。独立系書店が相次いで姿を消す中、Barnes & Nobleもまた苦境に立たされた。オンライン書店、電子書籍、オーディオブックの波に呑まれ、かつての王者はこのまま沈んでいくのか? それとも――。

“The Rest Is Sheep”は、デジタル時代ならではの新しい顧客接点、未来の消費体験、さらには未来の消費者が大切にする価値観を探求するプロジェクトです。

役に立つ話よりもおもしろい話を。旬なニュースよりも、自分たちが考えを深めたいテーマを――。

そんな思いで交わされた「楽屋トーク」を、ニュースレターという形で発信していきます。

🔍 Sheepcore

カルチャー、アート、テクノロジー、ビジネスなど、消費者を取り巻く多様なテーマをThe Rest Is Sheepのフィルターを通して紹介します。結論を出すことよりも、考察のプロセスを大切に。

Barnes & Nobleの転向:ヒールからベビーフェイスへ(前編)

©️The Rest Is Sheep

「ノエル・ストレトフィールドね。彼女は『バレエシューズ』と『スケートシューズ』と『シアターシューズ』と『ムービーシューズ』を書いたの。私なら、『スケートシューズ』から読み始めるわ。一番のお気に入りだから。でも『バレエシューズ』も本当に素晴らしいの」

1998年公開の映画『ユー・ガット・メール』(ノーラ・エフロン脚本・監督)でメグ・ライアン演じる街の小さな児童書専門店「The Shop Around The Corner」のオーナー、キャスリーンは、ライバル店である大型書店「Fox Books」を訪れた際、客からの質問に答えられない書店員を見るに見かねてこう話しかけながら、思わず涙を流す。このとき、すでに彼女は大型店との戦いに疲れ果て、自分の店をたたむことを決めていた――。

大型書店チェーンの台頭と独立系書店の衰退

1990年代後半、米国では大型書店チェーンのBarnes & NobleやBordersが急速に拡大し、全米各地に多数の店舗を展開、書店市場を席巻した。スケールメリットを活かした彼らの低価格戦略により、多くの独立系小型書店が苦境に立たされ、その経営は困難になった。

1998年にはすでにAmazon.comは存在している。それどころかその勢いは増しており(1997年5月、デラウェア法人として再設立されてからわずか1年半でIPOを果たしていた)、『ユー・ガット・メール』の公開時には、この映画はすでに時代遅れになっていたと見ることもできるが、その後Amazonが従来の書店、あるいは全てのフィジカルな小売業に与えることになる影響の全貌はまだ明らかになっていなかった。

ちなみに、AmazonがIPOをしたまさにその月に、Barnes & NobleはAmazonによる「世界最大の書店」という主張は虚偽であるとして、Amazonを提訴している。Barnes & Nobleは「Amazonは書店ではない。本のブローカーだ」と主張した(その後、両社は和解した)。

ゲームチェンジャーの登場

映画の中で、Fox Booksの経営者、ジョー(トム・ハンクス)は彼の頭上に立ち込めるオンライン書店の暗雲とやがて訪れる電子書籍の出現に気づかないまま突き進んでいる。Barnes & NobleをモデルにしたであろうFox Booksは、自らの規模を利用して市場を不当に有利にゆがめようとしている悪者として描かれた。

しかし、現実の世界では、Amazonがその勢いを増すにつれ、大型書店と独立系書店の争いはもはや些末なものとなってしまった。ダビデとゴリアテの戦いだと思っていたものは、皮肉なことに井の中の蛙が池の中で小競り合いをしていただけだったということがすぐに明らかになる。

大型書店の店舗拡大とオーバーラップする形で、顧客の購買行動は急速にオンラインへとシフトした。1995年から2000年までの間に米国の独立系書店の数は43%も減少し、2011年にはBordersが破綻、Barnes & Nobleも店舗数を3分の2に減らし、2013年から2019年にかけて5人のCEOが交代するなど、大型書店チェーンと独立系書店、双方のビジネスがAmazonの影響を受けた。(ちなみに、大型チェーンと小さな独立系店舗が競争を繰り広げる中、インターネット企業が登場し、両者のシェアを根こそぎ奪っていった——こうした構図は、書店業界に限らず至るところで見られる。)

加えて、2000年代後半、電子書籍リーダーKindleの登場により、書籍市場に再び大きな変化が訪れた。電子書籍は物理的なスペースを必要とせず、読者に新たな選択肢を提供した。さらに、スマートフォンやストリーミングサービスの普及に伴い、オーディオブック市場も急成長を遂げた。この流れにより、紙の本に依存していた伝統的書店の売上はさらに圧迫されることになる。

(後編に続く)

🐏 Behind the Flock

“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。

1. Fox Booksが破産申請

2013年7月、大手書店チェーンFox BooksがChapter 11の破産申請を行い、出版業界に衝撃を与えた。かつて独立系書店を淘汰した “Big Bad Wolf” と呼ばれた同社は、現在17億ドル超の負債を抱え、売上も44%減と低迷。CEOのジョー・フォックスは、「割引や広大な売場、快適な空間で顧客を魅了してきたが、時代は変わった」とコメント。AmazonやAppleの台頭が業績悪化の一因とされ、電子書籍端末「FoxTale」の失敗が決定打となった。彼の妻(!)で児童書作家のキャスリーン・ケリー=フォックスは夫を支えるコメントを発表しているが、業界内では「フィジカルな書店の未来は厳しい」との見方が強い。(Barnes & Nobleの状況に重ねて2013年に書かれたジョーク記事)

2. Barnes & Noble、ヘッジファンドに売却される

2019年6月、Barnes & Nobleは同社の存続を危ぶむ声が高まる中、ヘッジファンドElliott Advisorsに6億3800万ドルで買収された。Elliottは2018年に英国の書店チェーンWaterstonesを買収しており、そのCEOであるJames DauntがBarnes & Nobleの新CEOにも就任する。DauntはWaterstonesを経営危機から立て直した実績があり、各店舗の地域性を重視する戦略をBarnes & Nobleにも適用すると述べた。同社はAmazonの台頭によって苦戦し、過去10年で150以上の店舗を閉鎖。デジタル分野ではNook事業の失敗も響いた。

3. 25周年を迎えた『ユー・ガット・メール』を再び鑑賞して考えたこと。

映画『ユー・ガット・メール』の25周年を振り返るこの記事では、Barnes & Nobleに関して興味深い時代の変化が指摘されている。映画の中で、Barnes & NobleをモデルにしたFox Booksは悪役であり、独立系書店を脅かす大型チェーン店として描かれた。しかし25年後の現在では、その評価は大きく変わっている。この記事に登場するCut誌のスタッフたちは、今ではBarnes & Nobleを文化的な場所として肯定的に捉えており、「Barnes & Nobleを見かけると、本当の文化の場所だと感じる」と述べている。

🫶 A Lamb Supreme

The Rest Is Sheepsが日常で出会った至高(笑)の体験をあなたにも。

文化を編集する本屋。京都寺町の文化プラットフォーム『誠光社』


学芸大学の高架下「COUNTER BOOKS」、東中野の独立書店兼オルタナティブスペース「platform 3」、代々木上原の飲める本屋「CITY LIGHT BOOKS」など、東京でインディペンデント系書店が注目を集めるなか、古都京都で地域に根ざす事例をご紹介。

2010年、英国ガーディアン紙の「世界で一番美しい本屋10」に選出された恵文社一乗寺店の元店長・上田店主が手掛ける『誠光社』。2015年の開店以来、建築やアート、デザインの厳選された本をギャラリーのように美しく展示し、一冊一冊を対話を生む芸術作品として扱う。定期的な展示やトークイベントは本を軸にした知的交流を創出し、恵文社で培った確かな審美眼と、文化を伝える真摯な姿勢が、「本を売る場所」を超えた「地域の文化的プラットフォーム」としてこの場所を特別な存在へと昇華させている。
ポストは「Hotwax 日本の映画とロックと歌謡曲」関連本のデッドストック入荷のご案内。

すべての誤字脱字は、あなたがこのニュースレターを注意深く読んでいるかを確認するための意図的なものです🐑

この記事が気に入ったら、大切な誰かにシェアしていただけると嬉しいです。

このニュースレターは友人からのご紹介でしょうか?是非、ご登録お願いします。

↓定期購読はコチラから↓