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#013_Sheep Barnes & Nobleの転向:ヒールからベビーフェイスへ(後編)

かつては市場を独占し、独立系書店を圧倒していたBarnes & Noble。だが、Amazonの登場とともに時代は変わった。新CEO、James Dauntのもとで生まれ変わったこの書店チェーンは、地域に根ざし、読者に愛される存在となれるのか?書店の未来を左右する、その劇的な変貌とは——。

“The Rest Is Sheep”は、デジタル時代ならではの新しい顧客接点、未来の消費体験、さらには未来の消費者が大切にする価値観を探求するプロジェクトです。

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カルチャー、アート、テクノロジー、ビジネスなど、消費者を取り巻く多様なテーマをThe Rest Is Sheepのフィルターを通して紹介します。結論を出すことよりも、考察のプロセスを大切に。

Barnes & Nobleの転向:ヒールからベビーフェイスへ(後編)

©️The Rest Is Sheep

(前半から続く)前編はこちら🔍

Barnes & Nobleの復活

『ユー・ガット・メール』から四半世紀が経過したいま、Barnes & Nobleは生き残っている。それどころか、2024年には57店舗を新たに開店し、2025年も60店舗の開店を予定するなど、ここ数年の間に業績を回復させ、ニューヨークあるいはロンドンでのIPOも噂されている。

この変化を生み出したのは、2019年に同社を買収した投資ファンドElliott Advisorsと、新たなCEOに就任したJames Dauntの経営手腕によるものが大きい。彼のアプローチは、かつてBarnes & Nobleが掲げた大規模チェーンの戦略を大きく転換させ、「(かつて自らが片っ端からなぎ倒していった)独立系書店のように機能するチェーン店」を目指すものだった。

以前のBarnes & Nobleは、ニューヨークの本社が全店舗の仕入れを一元管理し、全国どの店舗でも同じラインナップを提供することで、スケールメリットの効用を最大化していた。しかし、Dauntはこの方式を廃止し、各店舗がそれぞれ独立系書店のように地域の顧客に合わせた品揃えを決定できるようにした。

かつて出版社は、自社の本を店内の一等地に並べてもらうために、Barnes & Nobleに高額な費用を支払っていた。これは短期的にはBarnes & Nobleにとって貴重な収益源となっていたが、必ずしも読者が求めているわけではない本が並ぶことで店内は雑然とし、返品率も高くなっていた。Dauntが就任する前は、仕入れた本の約30%が出版社に返品されていたが、このシステムを廃止して以降、返品率は大幅に改善され、2024年にはわずか7%にまで低下した。

Barnes & Nobleは、店舗従業員の雇用方法も変えた。Dauntの就任当時、福利厚生の提供を回避するためにパートタイム従業員が同社の従業員の大多数を占めていた。しかし、Dauntは、専門知識を持つ熟練した献身的な書店員(キャスリーン!)を育成するため、フルタイム従業員の割合を増やしている。また、かつては書籍業界の外部からの採用に頼っていた店舗マネージャーのポジションにも、いまではほぼすべてプロパーの人材が担うようになっている。この変更により、各店舗が地域のニーズに合わせた品揃えを実現し、より良い書店運営ができる体制を整えた。

こうした戦略の結果、Barnes & Nobleの各店舗は以前よりも地域密着型となり、顧客のニーズにより適した品揃えが可能になった。Amazonの利便性と品揃えは革命的だが、熱心な書店員が推薦する書籍や、美しくディスプレイされたテーブルで偶然に本を見つける興奮を再現することはできない。彼らはAmazonにはできないこと、各店舗の地域社会に合わせた、人間の手によるパーソナライズされた体験を提供するための取り組みに重点を置いている(たとえば、ニューヨークの店舗では、地元の作家による作品や特定のジャンルに特化したコーナーが設けられている)。

Barnes & Nobleは「全国チェーン」から「地域に根ざした書店」へと変貌を遂げたのだ。陳列されている本と顧客が実際に買いたい本がより近くなったため、店舗の効率も向上した。

出版業界の新たなエコシステムと書店の未来

そして意外なことに、かつてはBarnes & Nobleに握りつぶされる立場だった独立系書店も、この変化を歓迎している。実際、多くの独立系書店のオーナーや出版関係者は、現在のBarnes & Nobleを「業界の味方」として捉えるようになっている。

カリフォルニア州の独立系書店、Rakestraw Booksのオーナー、Michael Barnardは「彼らは書籍の販売や実店舗での書店運営にコミットするもう一つの大きな存在で、我々と共通の課題に向き合っている。とはいえ、近くには出店しないでほしいけどね」と語る。

Barnes & Nobleの復活は、出版業界全体に多大な影響を与えている。依然として、紙の書籍市場は出版業界の売上の大部分を占めており、2021年のデータでは、米国の出版社の売上の76%が紙の本によるものだ。また、紙の本の半数以上がAmazon経由で購入されている現状において、リアル書店の存在は単なる販売チャネルにとどまらず、読者が本と偶然に出会う場所としても重要な役割を果たしている。Barnes & Nobleのような大規模な書店は、独立系書店とともに、書籍の多様性を守り支える重要な役割を果たし得る。

もちろん、リアル書店の未来が完全に保証されているわけではない。しかし、Barnes & Nobleの復活は、Amazon一強の流れに対するひとつのカウンターとなり、紙の本の文化が生き続けるための重要な要素となるかもしれない。

引用:映画「You’ve Got Mail」(1998) より

「ノエル・ストレトフィールドね。彼女は『バレエシューズ』と『スケートシューズ』と『シアターシューズ』と『ムービーシューズ』を書いたの。私なら、『スケートシューズ』から読み始めるわ。一番のお気に入りだから。でも『バレエシューズ』も本当に素晴らしいの」

映画の中で、キャスリーンは客の質問に答えられない大型書店の書店員に、思わず助け舟を出した。今、現実の世界では、Barnes & Nobleは(キャスリーンが経営していたような)独立系書店に学び、そのノウハウを自らの事業に取り入れている。独立系書店とのライバル関係を維持しつつも、ともに生き残る道を模索し、出版業界全体の未来を支える役割を果たしつつある。

そして、DauntはAmazonさえも単純なライバルと捉えているわけではない。「私はAmazonを嫌いな訳では無い。何であれ、本の購入を民主化するものは良いものだ。人々がより多くの本を購入するようになるものは良いことなんだ。彼らはそれをやっている」と言う。

彼の目には、彼の言う「退屈な本」(マニュアル、教科書、技術書)をAmazonが効率的に販売してくれることで、Barnes & Nobleは自らが最も得意とするキュレーションや、魅力的で楽しい書店体験の創造に集中できるようになったと映っている。Amazonもまた同じエコシステムの一部として、異なる役割を果たしているのだ。「優れたフィジカルな書店がAmazonを恐れる必要はない」のだ。

🐏 Behind the Flock

“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。

1. インターネットがBarnes & Nobleを危機に追い込み、その後救った

かつてAmazonの台頭により7年連続で売上減少に苦しんだ米最大手書店のBarnes & Nobleが、SNSをきっかけに復活を遂げている。TikTokの書籍コミュニティ「BookTok」で本の口コミが活発化し、実店舗への集客につながっているためだ。2019年にファンドの傘下となって以降、新CEOのもと、不人気タイトルの整理や居心地の良い店舗作り、SNSで話題の本を前面に押し出す販売戦略を展開。2021年以降は売上が増加に転じ、2023年には57店舗を新規出店するなど、実店舗ならではのコミュニティ価値を活かした経営再建に成功している。

2. 敵から味方へ ー 米大手書店チェーンBarnes & Nobleの変貌

Barnes & Nobleは、かつては独立系書店の脅威とされた大手書店チェーンだったが、近年その評価が一変している。Amazonという共通の競合相手の出現により、業界全体がBarnes & Nobleの存在を重要視するようになった。2019年のファンド買収後、新CEOのJames Dauntは、中央集権的な運営から各店舗の自主性を重視する経営に転換。書籍に特化した品揃えと店舗のリニューアルを進め、2021年には実店舗の売上が2019年比で3%増、書籍売上は14%増を達成。実店舗での本との偶然の出会いを可能にする同社の存在は、出版業界全体にとって不可欠な存在となっている。

3. James Dauntが『ユー・ガット・メール』を「ゴミ」呼ばわり——本当の意味は?

Barnes & NobleのCEO、James Dauntは、映画『ユー・ガット・メール』を初めて視聴し、「ゴミだった」と笑いながら評した。ただし、英国では「ゴミ(garbage)」は愛着を込めた表現でもあると補足。1998年公開の同作では、大手書店チェーンが小規模書店を駆逐する企業悪役として描かれていた。しかし現在、Barnes & Nobleは書籍業界においてAmazonに対抗する「敗者復活のヒーロー」として見られている。

🫶 A Lamb Supreme

The Rest Is Sheepsが日常で出会った至高(笑)の体験をあなたにも。

「問い」からはじまる、新しい読書体験。 丸善ジュンク堂の次世代型書店『magmabooks』、 虎ノ門ヒルズに4月9日オープン。

日本の大手書店チェーン、丸善ジュンク堂が次世代型書店『magmabooks』(マグマブックス)の出店計画を発表した。2025年4月9日、虎ノ門ヒルズ「グラスロック」2-3階での開業が決定している。

「知は熱いうちに打て」をコンセプトに掲げる同店は、従来の書店の枠を超えた取り組みを展開する。ジャンル分けや売上重視の陳列から脱却し、「問い」を軸とした本との新しい出会いを創出。さらに、読書体験の総合的な設計(読前・読中・読後)や、有料ラウンジ、ギャラリースペースの設置など、書店の役割そのものの再定義に挑戦する。

従来型と新型の売場を併設し、段階的な改革を進める同社。書籍販売以外の収益源開発も含むこの試みは、米国のBarnes & Nobleとは異なるアプローチで、日本の書店業界に新たな可能性を示すものとして注目を集めている。

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