Baa,Baa,Baa. | Week of Feb 9, 2026

【Weekly Picks】2026年はアナログの年になるのか?

カルチャー、アート、テクノロジー、ビジネス、そしてデザインやライフスタイル、ファッションやメディア──日々、私たちの周りでは何が起きていて、それは一体どんな意味を持つのでしょうか。

The Rest Is Sheepの2人が刺激を受けたストーリーを、私たちならではの視点を交えてお届けします。

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Weekly Headlines

  1. 2026年はアナログの年になるのか?

  2. アイリッシュ・パブ・ルネサンス

  3. 私たちは長生きを追い求めるが、より良く生きることを忘れていないか?

  4. Gapのファッションテインメント戦略

  5. 今や世界遺産となったイタリア料理。でも、それは問題かもしれない。

  6. 「ブックストリーミング」は読書離れの救世主となるか?

  7. Dupeブランドからの脱却を模索するQuince

  8. ハリー・ポッターの魔法は解けたのか

1. 2026年はアナログの年になるのか?

い世代の「アナログ回帰」の話はもう聞き飽きたかもしれないが、2026年に入り、スクリーンタイムを減らし、オフラインの時間を取り戻そうとする動きはさらに加速している。TikTokを中心に、iPhoneをデジタルカメラへ、ストリーミングをiPodやレコードへ、SNSを手帳や文通へと置き換える実践が共有され、単なる流行を超えた世代的ムーブメントの兆しを見せている。背景にあるのは、アルゴリズムによって注意を奪われ続ける環境や、AIの拡散、長時間の画面視聴がもたらす精神的疲労への強い違和感だ。専門家はこの動きを、無意識な消費から「意図的に選ぶ」態度への転換と捉え、かつて喫煙が不健康な習慣と認識されるようになったのと同様の価値観変化が進んでいると指摘する。一方で、アナログ生活が新たな消費や特権性を伴う点や、その価値がSNSで発信される矛盾も批判の対象だ。それでも支持者たちは、デジタルを拒絶するのではなく、主体的な距離感を取り戻すことを目指している。そこにあるのは、便利さの先にある「豊かさ」をもう一度考え直そうとする姿勢だ。

2. アイリッシュ・パブ・ルネサンス

近年、アメリカで「アイリッシュ・パブ・ルネサンス(Irish Pub-aissance)」とも呼ぶべき動きが広がっている。従来の典型的なアイリッシュ・パブは、スポーツ中継とアイルランド国旗を掲げたステレオタイプな「ディズニー化された」空間が主流で、本来アイルランドで生活や人生の節目を支えてきたパブ文化とは乖離していた。これに対し、アイルランド出身のオーナーやシェフたちが、より誠実で現代的なパブ像を提示している。ニューヨークの「Banshee」はギネスと牡蠣という、アイルランドの海辺の町で昔から親しまれている組み合わせを打ち出し、「The Wren」は音楽もテレビも置かず、「会話の喧騒とギネスを注ぐ音」を尊重する空間を作る。こうした動きの先駆けとして評価を確立した「The Dead Rabbit」がジャージーシティにオープンした「San Patricios」ではアイルランドとメキシコの移民史を重ね合わせるなど、政治性や連帯の物語まで射程に入れる。ギネス人気の再燃やアイルランド文化の台頭を背景に、パブは酒場を超え、アイデンティティとコミュニティを再構築する場へと進化している。

3. 私たちは長生きを追い求めるが、より良く生きることを忘れていないか?

現代社会では、テクノロジーや高額な医療投資によって寿命を延ばそうとする「ロンジェビティ」への関心がかつてないほど高まっている富裕層向けの長寿クリニックが人気を博し、幹細胞治療やバイオマーカー測定には巨額の資金が流れ込む。しかし、その最前線で浮かび上がっているのが、「孤独」という見過ごされがちな副作用だ。米国では60歳以上の4人に1人が独り暮らしで、社会的孤立は心身の健康を損なう重大なリスク要因となっている。こうした状況と対照的に注目されているのが、イタリアのサルデーニャ島をはじめとする「ブルーゾーン(長寿地域)」だ。そこでは高価なサプリや最先端機器ではなく、植物中心の食生活や自然な身体活動、そして何より強固なコミュニティの絆が長寿を支えている。筆者が参加したサルデーニャの体験型リトリートは、効率や自己最適化を優先する都市生活者が失ってきた「根を下ろした暮らし」の価値を鮮やかに示していた。先端技術で「死なないこと」を追求する現代的アプローチに対し、ブルーゾーンの教えは、「誰かと食卓を囲む」というシンプルな営みこそが、真の健康と幸福な長寿の鍵であることを示唆している。

4. Gapのファッションテインメント戦略

Gap Inc.は、かつての文化的影響力を取り戻すべく、「最高エンターテインメント責任者(Chief Entertainment Officer)」というポストを新設し、元パラマウント幹部のパム・カウフマンを起用した。2月2日に着任するカウフマンは、音楽、テレビ、映画、スポーツ、ゲーム、ライセンシングなどを横断し、同社のエンターテインメントおよびコンテンツ事業の構築と拡張を担う。近年、GapはKatseyeとのコラボによる「Better in Denim」キャンペーンやOld NavyのDisneyコラボなどで文化的再活性化の兆しを見せており、今回の人事はそれを加速させる狙いだ。カウフマンはパラマウントで国際市場およびグローバル消費者製品・体験部門を率い、同社のIPをファッションや体験型ビジネスへと拡張してきた実績を持つ。Gapのリチャード・ディクソンCEOは「ファッションはエンターテインメントである」という「fashiontainment」コンセプトを掲げ、エンターテインメントを消費者との重要な接点と位置づける。その狙いは、ファンダムの創出と、それらを駆動力とする持続的な成長だ。

5. 今や世界遺産となったイタリア料理。でも、それは問題かもしれない。

イタリア料理のユネスコ無形文化遺産登録は、豊かな食文化への称賛に見える一方で、その「固定化」を招く危うさを孕んでいる。論点は主に三つある。第一に、料理の純粋性を強調することで、アラブ由来のパスタや新大陸のトマトといった移民の影響が見えにくくなり、食が排他的なナショナリズムの道具へと転じかねない点だ。第二に、観光客向け飲食店の増殖が都市のフーディフィケーションを加速させ、生活インフラを侵食し、ローマやフィレンツェの歴史的中心地を「開かれた食堂」へと変えている現実である。その延長線上にあるのが第三の問題、経済の多様性の喪失だ。政府が食と観光に過度に依存することで、デジタル化やイノベーションへの投資が後回しにされている。すでに世界市場で約2,500億ユーロ規模を誇るイタリア料理は、称号によって守られる存在ではない。必要なのは、料理を政治や観光の装置に閉じ込めず、「生きた文化」として自然な進化を許すことである。

6. 「ブックストリーミング」は読書離れの救世主となるか?

現在、アメリカでは読書離れが深刻化しており、Z世代では35%が読書を嫌うなど、リテラシーの危機が指摘されている。SNSによる注意力の分散や、AI要約ツールの普及が背景にあるとされる中、意外な打開策として注目されているのが「ブックストリーミング(読書配信)」だ。その象徴的存在が、Twitchの人気配信者カイ・セナットである。彼は従来の派手な配信から方向転換し、自己啓発本を音読するライブ配信を開始した。「議論で自分の意見をうまく伝えられなかった」という動機から始まったこの試みでは、読み間違いや言葉を調べる過程も隠さず共有される。その姿は、「読書は完璧でなくていい」というメッセージとして多くの若者に届いたようだ。背景には、誰かと同時に行動することで集中力が高まる「ボディ・ダブリング」という心理的効果がある。配信を通じて「ともに読む」感覚が生まれることで、孤独な行為だった読書は、より参加しやすい社会的体験へと変わる。著作権という課題は残るものの、パブリックドメインの古典作品を活用すれば、この動きは持続可能だ。ブックストリーミングは、配信文化の中に読書を再び居場所のある行為として呼び戻しつつある。

7. Dupeブランドからの脱却を模索するQuince

高級ブランドの格安なDupe品(代替品)を武器に急成長してきたオンライン小売業者Quinceが、ブランドイメージの転換を図っている。同社は高級ブランドのデザインを模倣し、最大9割引という価格訴求によって支持を集め、2026年には年商10億ドル規模に達すると見込まれるまでに成長した。一方で、Williams SonomaやUggの親会社Deckers Brandsからの訴訟に象徴されるように、商標権侵害や品質表示への不信感といった課題も抱えている。こうした状況を踏まえ、Quinceは「安価なDupe品ブランド」からの脱却を模索し始めた。その象徴が、A$AP Rockyとのコラボ商品や、著名スタイリストErin Walshによる商品キュレーションである。単なる低価格競争ではなく、審美眼や世界観を打ち出すことで、ブランド価値の再定義を狙う試みだ。景気変動や競合の激化を見据えるなか、UniqloやZaraのように「安さ」を「スタイル」へと昇華し、長期的な顧客ロイヤリティを築けるのか。Quinceはいま、Dupeブランドの先にある持続的成長の可能性を問われている。

8. ハリー・ポッターの魔法は解けたのか

かつて世界を熱狂させた『ハリー・ポッター』は、単なる児童文学を超え、ミレニアル世代の政治観や道徳感覚を形づくる物語となった。ファンはそれを「現代の聖書」のように読み込み、寛容や非暴力、反差別といった1990年代型リベラリズムの価値観をそこに見いだした。その世界観はポスト冷戦期の楽観主義と深く響き合っていたが、シリーズ完結から約20年が経った今、このフランチャイズの求心力は確実に弱まっている。背景にあるのは、Z世代を中心とする若年層の価値観の変化だ。金融危機以降の経済停滞、政治的分断、制度への不信のなかで育った彼らにとって、子どもでも悪を打ち倒せるという物語の楽観は、現実離れした「勝者の神話」に映る。かつては希望だった道徳的シンプルさが、いまやナイーブさとして受け取られているのである。さらに、著者J・K・ローリングのトランスジェンダーをめぐる発言や、作中表現への批判は、作品を道徳的指針としてきた世代に強い失望を与えた。それは単なる作者のスキャンダルではなく、「リベラルな物語」そのものの揺らぎを象徴する出来事だった。ハリー・ポッターは、自由や民主主義への信頼が比較的安定していた時代に生まれた物語だ。しかし社会が分断と不信を深める現在、その前提は崩れつつある。かつてこの物語は、私たちの願望を映す鏡だった。だが、その鏡に映っていたのは、あまりにも美しく、条件付きでしか成立しない幻想だったのかもしれない。

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