#076_Sheep 紙刷る人びと

紙の雑誌の市場規模はピーク時から4分の1以下に縮小し、誰もがスマートフォンで情報を得る時代に、なぜFeeld、Microsoft、Nike、Oatlyといった企業が、わざわざ紙の雑誌を作りはじめているのか。デーティングアプリが£18の文芸誌を出し、フィンテック企業が科学誌を買収して印刷版を発行する。その背景には、レガシーメディアの崩壊、デジタル疲弊、そして広告費では買えない「Cultural Cachet(文化的威信)」をめぐる静かな争奪戦がある。「企業が文化の担い手になる時代」の意味を問う。

“The Rest Is Sheep”は、デジタル時代ならではの新しい顧客接点、未来の消費体験、さらには未来の消費者が大切にする価値観を探求するプロジェクトです。

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紙刷る人びと

©︎The Rest Is Sheep

はい、時間になりました。今日も始めていきましょう。

突然ですが、ちょっと質問です。皆さん、最近、雑誌って買いましたか?紙の雑誌ですよ。紙の。「最近買った」という方、ちょっと手を挙げてみてください。……どうでしょう。ほとんど手が上がらない(笑)。

実際、雑誌の発行部数はもう長いこと、右肩下がりです。日本のデータになりますが紙の雑誌の売上のピークは1997年、1兆5,644億円。それが2025年には3,708億円まで縮小しています。広告費で見ても同じ傾向で、雑誌広告は2025年時点で1,115億円。2005年には4,842億円あったので、約20年で4分の1以下になった計算です。販売も広告も、同じように縮んでいる。

これはある意味、当然ですよね。皆さんの手元にはスマートフォンがある。ニュースも、トレンドも、レビューも、今は全部スマホで読める。しかも紙と違って「常に更新される」「無料で読める」「検索できる」──情報を得るという意味では、紙の雑誌より圧倒的に便利です。だから普通に考えれば、雑誌はどんどん減っていく。これはまあ、自然な流れですよね。

ところが、です。実はその裏でいま、ちょっと奇妙なことが起きています。

雑誌市場が縮小しているにもかかわらず、世界で最も進歩的なはずのテック企業やグローバルブランドが、わざわざ、重くて、かさばって、検索もできない「紙の束」を、かなりの予算をかけて作りはじめている。これ、矛盾していると思いませんか?

かつて雑誌やテレビといったマス媒体から広告費を引き上げ、デジタルへとその比重を移してきた彼らが、なぜ今さら、紙とインクに回帰しているのか。

今日は、デーティングアプリのFeeld、Microsoftのような巨大テック企業、オーツミルクで知られるOatly、そしてNikeとイギリスのカルチャー誌が組んだDazed Maxxといった事例を補助線にしながら、この「アナログへの逆流」現象を読み解いていきたいと思います。

※ 生成AIが客観的な視点でレビューしています🐏🐕

出会いにロマンスを取り戻す:Feeld『AFM』

まず、英国発のデーティングアプリ「Feeld」が発行した雑誌『AFM』から見てみましょう。正式名称は『A Fucking Magazine』、あるいは『A Feeld Magazine』。なかなか挑発的なタイトルですよね(笑)。

Feeld ‘A Fucking Magazine’ (The Brand Identity)

もともとFeeldは2014年に「3nder(スリンダー)」という名で始まり、主に複数人での性的関係、スリーサムなどを円滑にするために作られたアプリでした。名前がTinderに似てるということで商標権で訴えられるなど色々ありつつ(笑)、現在はFeeldというブランド名で、多様な性自認や関係性をサポートするプラットフォームに成長しています。

そのFeeldが、なぜわざわざ紙の雑誌を作ったのか。ここが非常に示唆的です。

皆さんも感じたことがあるかもしれませんが、今のオンラインでの出会いって、正直ちょっと作業っぽいところがありますよね。無機質な画面をスワイプして、相手がボットなのか人間なのかもよく分からないまま、定型文のメッセージをやり取りする。かつてMatch.comのチーフ・サイエンティフィック・アドバイザーをつとめた人類学者ヘレン・フィッシャーはオンライン・デーティングを「サイエンス」に変えたなんて称賛されてましたが、その結果、私たちは「効率という名の虚無」に直面してしまったのかもしれません。

この状況に対して、AFMの共同編集者マリア・ディミトロヴァはこう言います。「出会いにロマンスを取り戻したい」と。誌面には、96歳の映画監督ジェームズ・アイヴォリーのエッセイや、著名な写真家ナン・ゴールディンのビジュアルが並びます。アプリの機能を説明するページなんてどこにもない。代わりにそこには、「性に向き合うことの複雑さや美しさ」が、圧倒的な手触りとともに存在しています。

価格も強気で、1部18ポンド、日本円で約3,800円。つまりこの雑誌は、簡単に消費される情報ではなく「所有する価値」を持つ物として作られているわけです。

AFMがFeeldの意思を伝える媒体として機能する限り、読者は「このアプリの向こう側にいるのは、無機質なデータを吐き出すアルゴリズムではなく、性の複雑さや美しさを理解している血の通った人間なんだ」という印象を受けるでしょう。Feeldは思慮深く、想像力があり、ユーモアと知性を備えたクリエイティブな人たちのためのアプリなんだ、と。このアプリを使えば、相手が「ボットかもしれない」「なんか変な人かも」という疑念に満ちた出会いから、少し自由になれるかもしれない──つまりこの雑誌は、ブランドの世界観そのものを紙に刻んだ媒体なんです。

コミュニティの「聖典」:Oatly『Hey Barista』

もうひとつ、別の角度から「紙」の力を活用している事例を紹介しましょう。オーツミルクで知られるOatlyが展開する雑誌『Hey Barista』です。

Oatly ‘Hey Barista’ (INTERNATIONAL DESIGN AWARDS)

これは欧米の独立系カフェに配布されるプリント誌ですが、その作り込みがかなりすごい(笑)。「ワークブック(学習帳)」から着想を得た第2号は、手書きのタイトルや余白への遊び心あふれる注釈、世界各地のローカルフォトグラファーが切り取った生々しい写真で構成されています。

ここで重要なのは、これが「オーツミルクの宣伝誌」ではないということです。誌面に登場するのは、メキシコシティのジェントリフィケーションの現状を追うモノクロ写真や、ヘヴィメタル・バンドで活動する現役バリスタのポートレートといった多様な物語。Oatlyのグローバル・エディトリアル・ディレクター、ジェレミー・エリアスはこう語っています。「これはコーヒーコミュニティとの会話なんです。ただ、その会話を誰もが横で聞くことができる」と。

つまり、この雑誌はバリスタという特定の職能集団に向けた「ラブレター」であり、彼らのアイデンティティを肯定する聖典なんです。デジタル広告で「オーツミルクを買ってください」と叫ぶ代わりに、彼らがリスペクトする表現者に発表の場を提供し、コーヒー文化の深層を紙に刻む。その「遠回り」が、結果として世界中のバリスタたちとOatlyの間に、代えがたい仲間意識を築いています。

既存カルチャーへの「接続」:Nike『Dazed Maxx』

三つ目の事例は、少し毛色が違います。自社でゼロから媒体を作るのではなく、既存のカルチャーメディアと組むという形を選んだNikeですね。

2025年4月に創刊された『Dazed Maxx』は、イギリスの老舗カルチャー誌『Dazed』とのパートナーシップによって生まれたジン(Zine)──薄手の冊子形式の自主制作誌──です。「Dazed初の米国版」という位置づけで、NikeのAirImaginationプラットフォームと連動して制作されました。

Nike ‘Dazed Maxx’ (Park Communications)

誌面では、NFLアトランタ・ファルコンズのランニングバック、ビジャン・ロビンソン、五輪ブレイクダンサーのサニー・チョイ、そしてロサンゼルスのスケートボードコミュニティ「Crenshaw Skate Club」を主宰するトービー・マッキントッシュという3人のアスリートが「カルチャーエディター」として登場。ニューヨーク、ロサンゼルス、アトランタ、それぞれの街のスポーツ・サブカルチャーを案内します。ニューヨークの太極拳コミュニティ、LAのフィギュアスケートシーン、アトランタのサッカー文化──「ナイキが推すスポーツ」ではなく、それぞれの街で生きている人たちのスポーツの話です。

ここで重要なのは、読者が「Nikeの広告」を読んでいると感じない設計になっているということ。むしろ読者は、Dazedがキュレーションしたカルチャー誌を手に取っていると感じる。企業がロゴを大きく押し出すのではなく、そのカルチャーの文脈と深みにどれだけ敬意を払えるか──いまの消費者は、その態度の誠実さを敏感に感じ取ります。

Dazedというユースカルチャーの磁場を持つメディアと組むことで、Nikeは「スポーツ用品メーカー」ではなく「文化の担い手」としての立場を強化しようとしている。その意図は明快です。

企業は雑誌を作る。そして、静かに畳む。

もちろん、企業が独自の紙媒体に手を出すこと自体は、目新しい話ではありません。アメリカの農機具メーカーJohn Deereが1895年に創刊した農業誌『The Furrow』──すごいことに、これまだ発行され続けてます──以来、「企業が雑誌を作る」という行為は脈々と繰り返されてきました。イギリスのスーパー、Sainsbury'sが1993年に創刊した料理雑誌『Sainsbury's Magazine』も同様で、こちらも今なお発行中です。

近年では特に、D2Cブームの際に企業が競うように紙媒体を出していました。もはや懐かしい話ですが(笑)。スーツケースブランドAwayの『Here』、マットレスD2CのCasperの『Woolly』、AirbnbがHearstと組んだ『Airbnb Magazine』や彼らが独自に制作していた『Pineapple』、Uberの『Vehicle』、Bumbleの『Bumble Mag』……他にもまだまだありますが、このあたりでやめておきましょう(笑)。

Away ‘Here’ (Ally Betker)

これらは今や影も形もありません。みんな雑誌を作って、みんなやめた──死屍累々です(笑)。『The Atlantic』誌はこれを皮肉を込めて「テックは雑誌に関わる。楽しいあいだだけ(Tech gets into magazines for a good time, not a long time)」と表現しています。うまいこと言いますよね。

では、なぜ続かなかったのか。核心はシンプルです。それらのメディアの多くが、結局「マーケティング・ツール」として位置づけられていたからです。

雑誌を出す理由が「うちのブランドをかっこよく見せるため」だとすると、費用対効果の計算が始まります。「この雑誌に〇〇万円かけて、何人新規顧客が来たか」という問いが立つ。でも、カルチャー誌の価値ってそういうものじゃない。読んでおもしろかった、考えさせられた、この雑誌が好きだ──そういう感情的・知的な価値は、短期間のROI(投資対効果)では測れません。景気が少し悪くなったり、会社が方針転換したりすると、「費用対効果が見えないこの予算、削れるんじゃないか」という判断が下される。そうして、「大きな夢」を持って生まれた雑誌たちが、静かに消えていった。

これが「前回のブーム」の末路でした。

メディアの大再編、そして新しいパトロンの登場

では、なぜ今また、この動きが再燃しているのか。理由の一つは、「メディア環境の崩壊」そのものを逆手に取っているから、だと思います。

いま、既存の商業ジャーナリズムは深刻な危機にあります。ページビュー至上主義の中で広告収入はGoogleやMetaに吸い取られ、Vice、BuzzFeed News、The Village Voice──かつて「メディアの未来」と呼ばれたブランドが次々と倒れました。その結果、質の高い書き手や写真家、編集者が「行き場を失った」状況が生まれています。

ここに、潤沢な資金を持つ企業が「新しいパトロン」として登場した。AFMの編集者ヘイリー・ムロテクは、Feeldからオファーが来たときこう言いました。「私には、素晴らしいと思っていた媒体が次々と消えていった経験がある」。彼女はThe Village Voiceの元編集者で、フェミニスト系ウェブメディアThe Hairpinの元編集長でもある。そういうキャリアを持つ人がいま、デーティングアプリの雑誌を作っている。その結果、AFMの第2号には、第1号をさらに上回る顔ぶれの作品が寄せられています。現代写真史を代表するビジュアルアーティストや、国際的なジャーナリストたちが名を連ねるようになった。

同じ流れの中で、もう一つ注目すべき事例があります。アメリカの大手デーティングアプリで「消されるためにあるデーティングアプリ(dating app designed to be deleted)」のキャッチコピーで知られるHingeです──ユーザーがアプリを通じて真剣な交際相手を見つたら、そのアプリは役割を終えますからね(笑)

Hingeはまず、地下鉄でQRコードを読み込む形のオンライン・ジンとして「No Ordinary Love」の第1弾を出しました。恋愛にまつわるストーリーを集めたアンソロジーです。デジタルで試して、ブランド好感度が10.5%上昇するという手応えを得てから、第2弾ではハードカバーの書籍に踏み込んだ。ニューヨークとロンドンのブッククラブで配布されるという粋な展開で。「デジタルで概念実証して、紙で本気を出す」──この順序がいまの時代らしいですよね。

Hinge ‘No Ordinary Love’ (Dazed)

こうした動きを補強するのが、デジタル領域での戦略的なメディア投資です。例えばMozilla Foundationが立ち上げたオンライン誌『Nothing Personal』。「独立した思想家のためのカウンターカルチャー誌」を名乗るこの媒体はデジタルですが、思想は紙の雑誌と同じ「独立した言論の場の提供」です。編集長に招いたのは、The Atlanticなどで15年以上のキャリアを持つベテラン編集者。以前「ナイーブなインターネットの終わり」という話をしましたが、その際に触れた「ポスト・ナイーブ・インターネット」という論考はNothing Personalに掲載されていたものです。

また、フィンテック企業Stripeの共同創業者パトリック・コリソンが支援・出資し、後に紙版も発行した『Works in Progress』は、Stripeの関与を感じさせない独立した編集方針で知られています。

企業が「自社製品の宣伝」を一ミリも書かないメディアを支援することで、結果として「このブランドは、なんて知的なんだ」という信頼を獲得している。これは宣伝ではなく、「知のインフラへの投資」と呼んでいい動きです。

Stripe ‘Works in Progress’

「広告なし・編集独立」という新しいモデル

今回の雑誌たちには、もうひとつ重要な共通点があります。広告を入れていない、ということです。

AFMの第1号に掲載されている「広告」は、n+1やThe Driftといった他の独立系文芸誌の告知のみ。企業広告は一切ありません。収益は購読料か、親会社の資金提供のみです。Hingeの「No Ordinary Love」も同様で、外部広告は一切取らずHinge単独の支援で成り立っています。

これは何を意味するか。広告モデルがないということは、広告主に忖度する必要がない、ということです。

さらに重要なのが編集権の独立です。StripeがWorks in Progressを買収したとき、創業編集者たちは「Stripeが直接の利益を持つ可能性があるトピックは扱わない」と宣言しました。そして実際にStripeはそれ以来ほとんど編集方針に口を挟んでいない。Monocleの記者はこう書いています──「Stripeと雑誌の関係を知らないまま、1年以上愛読していた(笑)」と。

これは信頼の問題です。読者は、企業の宣伝道具だとわかった瞬間、その媒体への信頼を失う。逆に「この雑誌、企業が作ってたのか」と後から気づくくらい編集の独立性が担保されているなら、その企業への信頼も上がる。編集の独立が、ブランドへの信頼に転化する──これが今回のモデルの核心です。

「Cultural Cachet(文化的威信)」

そしてここで、今日の講義で一番大事なキーワードを紹介します。「Cultural Cachet(カルチュラル・カシェ)」という言葉です。

カシェ(cachet)というのはフランス語由来の英語で、「格」「威信」「信頼性を伴うブランド価値」みたいな意味です。日本語には直訳しにくいんですが、「なんかあの人、信用できそう」「あの場所、格が違う」という感覚をもたらすもの、とでも言えばいいでしょうか。

そしてCultural Cachetは、お金で直接買えるものではありません。広告費を積めば得られるものでもない。時間をかけて、本物の価値を積み重ねて、初めて育まれるものです。

Feeldが雑誌で表現しようとしているのは「自由で思慮深い性のあり方」への肯定です。OatlyがバリスタたちにHey Barista!を届けるとき、そこにあるのは「クリエイティブなコーヒー文化への献身」という姿勢です。NikeがDazedと組むのは「ユースカルチャーの連続性の中に自分たちを位置づけたい」という意志からです。広告では「うちの製品を買ってください」しか言えないけれど、雑誌という媒体なら「うちはこういう世界を信じています」が言える。

企業が雑誌を作るのは、このCultural Cachetを獲得するためだ、というのが今回の動きの核心だと私は思っています。

「アテンション」の質をデザインする

では、そのCultural Cachetを全く異なるアプローチで追求した、もう一つの興味深い事例を見てみましょう。120ページ、フルカラー。Bill Gatesが寄稿し、AIや技術革新についての深い考察が並ぶ本格的な雑誌です。ただし発行部数はわずか1,500部。しかも「プリント版のみ」。書店では売らず、Microsoftの重要顧客──大企業のCEOやCXOと呼ばれる幹部クラス──に直接届けるために作られた。

Microsoft ‘Signal’ (The Verge)

Microsoftほどの巨人が、なぜたった1,500部のためにそんな手間をかけるのか。

それは「ターゲットの脳内に占める時間の質」をデザインしているからです。スクロールされるだけのバナー広告と、重厚な紙に印刷された論考──どちらが読者の脳に深い爪痕を残すか、明白ですよね。1,500人のトップエグゼクティブのデスクに置かれ、ふとした瞬間に手に取られる。大量に配ることが目的じゃない。「あなた個人に、この一冊を届けることを選んだ」という行為そのものが、すでにメッセージになっている。

広告代理店Day One Agency──彼ら自身も『Day One Almanac』という紙媒体を発行しています──のクリエイティブ・ディレクター、エリ・ウィリアムズはこう言っています。紙は「一時停止を促すメディア」だと。デジタルは「次へ、次へ」と私たちを急かすけれど、紙は「そこに留まれ」と命じる。この「能動的な停滞」こそが、AIが生成したコンテンツが溢れかえる2026年において最大のラグジュアリーになった──という感覚、わかりますよね。

Day One Agency ‘Day One Almanac’

Microsoftのチーフ・コミュニケーション・オフィサー、フランク・ショーはこう言います。「これはマーケティングじゃない。ジャーナリスティックなストーリーテリングだ。製品の機能を宣伝するためのものじゃなく、ブランドとレピュテーションのためのものだ」と。

「文化の担い手」としての企業

さて、今日の話を整理しましょう。

2026年現在、企業がプリントメディアを作る動きが広がっています。Feeld、Microsoft、Hinge、Oatly、Nike……業種も規模もアプローチもバラバラな組織に共通するのは、「本業はメディアではないのに、本格的な編集コンテンツを作っている」という一点だけです。紙にとどまらず、Mozilla Foundationのようにデジタルで同じ思想を実践している例もあわせると、「本業がメディアではない組織が、本格的なコンテンツ制作に本気で踏み込む」という大きな潮流が見えてきます。

これは単なるトレンドではなく、いくつかの構造的な変化が重なった結果です。

レガシーメディアの崩壊によって、一流のコンテンツ制作者が企業発行の媒体に流入している。デジタル疲弊によって「立ち止まって読む」という体験の希少価値が上がっている。AIが生成したフェイクやノイズが溢れるデジタル空間の中で、物理的な媒体が「本気の証明」として機能し始めた。そして「Cultural Cachet」──広告では買えない文化的威信──を獲得するための手段として、雑誌が再評価されています。

過去にも同じような動きがありましたが、ほとんどが続きませんでした。今回が違うとすれば、何か。「広告なし・編集独立」というモデルの存在、そしてメディア危機という外圧を追い風に変えた「本物の才能」の流入、Cultural Cachetへの長期投資という経営判断の変化──この三つが重なっていること。加えて言えば、前回のブームには「才能があれば媒体も続く」という楽観がありましたが、今回の担い手たちには「既存メディアが壊れていく」という現実が背中を押している。その切迫感が、姿勢の本気度を変えています。

最後に、一つ、皆さんに質問を残して今日の講義を終えましょう。

Feeldが作った雑誌に載ったエッセイは、純粋な表現として読めるか。Microsoftが選んだ取材対象は、本当に「おもしろいから」選ばれたのか、それとも都合がいいから選ばれたのか。Stripeが出資する雑誌に掲載された論考は、中立的な知として受け取れるか。

これは単なる「好き嫌い」の問題ではなくて、「誰が文化を作るべきか」という、もっと根っこの問いに繋がっています。かつてその役割を担ってきた独立したメディアが次々と力を失っていくいま、企業が文化の担い手になる時代をどう評価するか

今日の講義が、そのことを少し考えるきっかけになれば嬉しいです。では、また次の講義で。今日はここまで。おつかれさまでした!

🐏 Behind the Flock

“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。

1. 出会い系アプリ「Feeld」が雑誌を作った。なぜか?

デーティングアプリ Feeld が、セックスや恋愛をテーマにした文化雑誌「AFM(A Fucking Magazine/A Feeld Magazine)」を創刊した。もともとスリーサムを目的としたアプリとして2014年に誕生したFeeldは、現在では多様な性的・関係性の選択肢を提示するデーティングアプリとして知られる。今回の雑誌は文学やエッセイ、写真などを掲載する本格的なカルチャー誌だが、同時にFeeldのブランドイメージを高めるマーケティング施策でもある。テック企業がメディアを立ち上げる例は、AwayやCasper、Snapchatなどにも見られたが、その多くは長続きしない。それでも広告市場の低迷で苦境にあるメディア業界にとって、ブランド資金による出版は貴重な機会となっている。AFMも収益化は想定しておらず、デーティングアプリに失われつつある「ロマン」を取り戻す文化的プロジェクトとして位置づけられている。

2. 企業のストーリーテリングがアナログ化している

米国では近年、企業が自ら紙の出版物を発行し、ブランドの物語を伝える動きが広がっている。例えばMicrosoftは、主要顧客との関係強化を目的に初の印刷雑誌『Signal』を創刊。AIや技術革新に関する論考、CEOや専門家へのインタビューなどを収録し、1,500部限定で配布する。企業側はこれを単なるマーケティングではなく、ブランドや評判を高める「ジャーナリズム型ストーリーテリング」と位置づけている。こうした動きは他社にも広がり、Hingeは恋愛ストーリー集を書籍化してブランド評価を高め、Costcoの会員誌は巨大な読者規模を持つ。一方で航空会社では機内誌の廃止が進むなど紙媒体の価値は分野によって異なるが、触覚的で集中を促す体験として印刷物を再評価する企業も増えている。

3. PentagramがMozilla Foundationの新編集プラットフォーム「Nothing Personal」をデザイン

Mozilla Foundationは、現代のインターネット文化を批評する新しい編集プラットフォーム「Nothing Personal」を立ち上げ、デザインをPentagramが担当した。このメディアは、サブスクリプションモデルや広告依存、AIによる低品質コンテンツの増加などで複雑化した2025年の「ポスト・ナイーブ・インターネット」を背景に、コミュニティ主導の新しいネット文化を紹介する場として構想された。デザインはMozillaのタイポグラフィを基盤に、強いコントラストカラーやシンプルな「NP.」ロゴ、枠線やブロックなどウェブUIを想起させる要素を採用。ポップアップやチャットウィンドウといった初期インターネットの表現も引用し、あえてグリッチや不完全さを取り入れることで、人間主体のインターネットを再強調する。ユーモアと批評性を併せ持ち、企業やブランドがネットを通じて影響力を行使する構造にも目を向けさせる編集プラットフォームとなっている。

🫶 A Lamb Supreme

The Rest Is Sheepsが日常で出会った至高(笑)の体験をあなたにも。

今週もお休みです 🐏

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