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#057_Sheep リップスティック2.0
2025年春、トランプ政権の関税強化策をきっかけに、SNS上で「Recession Indicators(景気後退指標)」が話題となった。卵の価格からクラブのダンスフロアの混雑度まで、あらゆる現象が不況のサインとして語られ始めるなか、特にZ世代は、ローライズジーンズの流行やレディー・ガガの復帰までをも経済不安と結びつけ、ミーム化した。伝統的な「リップスティック・エフェクト」から、Z世代が再定義する「新しい小さな贅沢」——抹茶ラテ、リセール・スニーカー、機能性コスメ——まで辿りながら、景気指標として注目される消費現象の背後にある、より大きな世代的価値観のシフトを読み解く。

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リップスティック2.0

©️The Rest Is Sheep
はい、それでは本日の授業始めたいと思います。
この不安定な時代において、私たちの「不安」や「自己演出」がどのように「経済指標」、さらには「贅沢の定義」そのものを変えているか、というのが今日のテーマです。具体的には、レディ・ガガやグウィネス・パルトローの活動が何故「景気後退」のサインになっているのか、あるいは皆さんが今朝飲んだ抹茶ラテが、世の中の経済現象に関連する深い意味を持っているかもしれない(笑)、みたいな話です。全然意味わからないですよね(笑)。まあ、ゆるゆると始めていきましょう。
Recession Indicators (景気後退指標)
さて、皆さんもご存知の通り今年の春、トランプ政権が関税強化策を発表し金融市場をざわつかせました。株価は乱高下し、「不況が来るんじゃないか」という不安が社会全体に広がり、人々は「不況をどう生き延びるか」というテーマに過敏に反応し始めました。
そしてその反応は「Recession Indicators(景気後退指標)」という言葉とともにSNS上で広がっていきます。
たとえば、
卵の価格が上がっている:生活必需品のインフレを直接示すサイン
段ボール箱の需要が減っている:オンラインショッピングの需要や企業の物流活動の減速を示すサイン
クラブのダンスフロアが空いている:人々が外出や娯楽への支出を控え、家に留まる「ステイ・イン」消費への移行を示すサイン
といった「わかりやすい指標」が話題になったんですね。こうした現象は、伝統的な経済学者たちも注目してきた、非公式ながらも一応論理的な「景気先行指標」の系譜に連なるものです。人々は、まず「なくても困らないもの」から支出を削り始める、というわけです。
美容院の客が安いメニューしか頼まなくなったり来店頻度を下げたり、若者が自宅で「ホームカフェ」を開いて、外でラテを買うのをやめたり。全米でロースクールへの志願者が増加している——ジョージタウン大学のへの出願は25%も増加したようです——なんてニュースもありました。経済が不安定になると、学生たちはより安定した専門職を求める傾向があり、これは典型的な不況サインだ、と。
@marlenerodriguezoficial Now that I no longer buy from Starbucks; I’ve been making my coffee at home and let me tell you, you sure do save money 🤎🎀 #coffee #icedco... See more
「不況のサイン」のミーム化
ところが、Z世代、あるいはTikTokを情報収集や娯楽の主なプラットフォームとして利用するTikTok世代の若者たちは、この「不況のサイン探し」を、次のレベルに引き上げました。Z世代の若者たちは「目に見えるあらゆる現象」を経済不安と結びつけて解釈し始めたんですね。
彼らにとって、「景気の兆候」は、もはや論理的なデータではなく、「集団的な不安」を投影するための遊びやミームへと変貌したんです。いくつか挙げてみましょう。これ、細かく書いてある投稿から拾ったわけじゃないので、理由はエイヤで推測したこじつけです(笑)。
ローライズジーンズが流行り始めた:2008年の金融危機以前、つまり「古き良き(しかし危機が迫っていた)時代」のトレンドのリバイバル。「昔の貧しさに戻る」という暗喩
レディー・ガガのPop Musicへの復帰:彼女がスターダムにのし上がったのがリーマンショック直後の「混沌とした時代」だったため。あの時代に流行ったものが戻ってくるのは、また危機が来るサインだ
フラッシュモブが再び現れた:2010年代初頭の不況期に流行した「お金をかけずに大勢で楽しめる娯楽」の象徴
グウィネス・パルトローがチーズを食べ始めた:彼女が提唱する「クリーン・イーティング」や「極端なウェルネス」は、金銭的な余裕があってこそできる贅沢。そこから降りて「普通の食事(チーズ)」に戻るのは、裕福な層すらも節約モードに入ったサインだ、という皮肉
セリフ体のフォントが人気に:ライトなサンセリフ体ではなく、権威と歴史を感じさせるセリフ体が人気になるのは、「不確実な時代に、確かなもの、古典的なものに回帰したい」という心理の表れなのでは?
とにかくもうなんでもありです(笑)。「さすがにグウィネス・パルトローのチーズは好きにさせてあげろよ!」とツッコミたくなります(笑)。
Gwyneth Paltrow has started eating carbs and cheese again, so a recession is definitely on the horizon.
#TrumpIsaNationalDisgrace
— RIPAMERICA (@JuleeG1)
10:39 PM • Apr 26, 2025
でも、こんな感じで「あらゆるもの」が不況の兆しとして機能してしまうのは、現代の若者たちが抱える不安があまりにも根深く、日常の些細な変化に、無意識にその不安を投影してしまうからに他なりません。
彼らにとって、これらは単なる経済指標ではなく、「集団的な心理状態を示すバロメーター」であり、不安を共有するための「ソーシャル・カレンシー(社会的通貨)」になっているわけです。
リップスティック・エフェクト
ちなみに、経済不安の時代に人びとが「ムード」に反応して行動する、という語り自体は実は目新しい話ではありません。たとえば「リップスティック・エフェクト(lipstick effect)」、あるいは「リップスティック指数(lipstick index)」、これは化粧品会社エスティローダーの元会長、レナード・ローダーが提唱した考え方で「2001年の同時多発テロ事件後に自社の口紅の売上が増加したことに気づいた」と発言したことで広く知られるようになりました。簡単に言うと——不況のとき、人々は大きな買い物は控えるけれど、小さな贅沢品は買い続ける。その代表例が口紅だ、というわけです。

The New York Times
考えてみれば理にかなっているとも言えます。口紅は数ドルから十数ドルで買える「手頃な贅沢品」です。でも、その小さな一本が、使う人の気分を大きく変えてくれる。経済的に厳しい時でも、「自分を大切にしている」という感覚を与えてくれる。だから不況になると、かえってリップスティックの売上が上がる——これがリップスティック・エフェクトの理屈です。
似たような古典的な指標には他にも、ヘムライン・インデックス(Hemline Index)——景気が良いとスカートが短く大胆になり、悪いと保守的に長くなる——や、元FRB議長のアラン・グリーンスパンが注目していた男性用下着指数(men's underwear index)——不況になると「見えないところはどうでもいい」と下着の買い替えを控える——などがあります。
こうした指標が示唆しているのは、「経済の冷え込みに先行して、人々の心理や欲望の動き、そしてそれに伴う消費行動が変化している」という考え方です。直接的な不況の指標となるような経済データよりも、むしろ私たち一人ひとりが日常のなかで行う「小さな選択」の積み重ねのほうに、時代の気配や真実が表れている、というわけですね。
予言の自己成就
ただ、実際にファッションや映画、音楽といった文化や消費の変化が、本当に経済の行方を示唆しているかというと、その可能性は低い、というのが多くの経済学者たちの意見です。ローライズジーンズが不況を呼ぶわけでも、レディー・ガガの復帰が不況を引き起こすわけでもありません。
ただ、私たちは、ある現象と経済の間に「因果関係があるか、ないか」という議論に終始するだけでなく、「その議論自体が現実を動かしてしまう」というメカニズムにも目を向ける必要があります。いわゆる「予言の自己成就(Self-Fulfilling Prophecy)」です。
この概念は、社会学者ロバート・マートンが提唱したもので、「ある状況に関する認識が正しいかどうかにかかわらず、その認識に基づいた行動が行われることで、結果的にその認識どおりの状況が現実となってしまう」という現象を指します。
たとえば、ある銀行が潰れるという「誤った噂」が広まると、人々は不安になり、我先にと預金を引き出します。結果として、健全だったはずの銀行は本当に資金ショートを起こし、潰れてしまう。これが予言の自己成就です。
今回のケースで言うと、「不況の噂」自体が自己成就的な予言になる傾向がある、と。家計や企業が経済的な不安を理由に支出を控え始めれば、その行動自体が需要を冷え込ませ、彼らが恐れていた不況を本当に引き起こしてしまうのです。
つまり、「不況のサイン探し」というミームが氾濫し、人々がそれについて熱心に議論している状況自体が、「私たちの心が不安で満たされている」という最大の兆候であり、この「不安の熱量」こそが、次に起こる経済の冷え込みを引き起こすエンジンとなってしまう可能性がある、という皮肉な構図が見えてきます。
ウォール街が景気後退(recession)の隠語である「Rワード(the R word)」を口にしたがらないのも、この自己成就的予言を恐れているからです。
リップスティックから抹茶へ
さて、そんななか、2025年10月、PwCが興味深いレポートを発表しました。彼らは約100万件のクレジットカードとデビットカードの取引データを分析し、こう結論づけたんです——「Z世代は、リップスティック・エフェクトを再定義している」と。
どういうことでしょうか?従来のリップスティック・エフェクトでは、「小さな贅沢」の象徴は文字通り口紅でした。でもGen Zにとって、それは口紅じゃないんです。彼らが選ぶ「小さな贅沢」は——抹茶ラテと、リセール・スニーカーと、スキンケア効果のあるコスメ。

Cosmopolitan
PwCはこう書いています。「高価な抹茶、リセールのスニーカー、スキンケアとしても機能するコスメといったマイクロ・ラグジュアリーは、銀行口座を破綻させることなく、「文化的関連性(cultural relevance)」を伝えることができる」と。
この「文化的関連性」という言葉がキーワードです。Gen Zにとって、消費は単なる「物を買う」行為ではありません。「文化的関連性」とは、その時代のカルチャーや価値観と接続していること、つまり「いま」をわかっていると感じさせる感度を指します。
マーケティングや消費行動の文脈では、「自分が現代の文化的文脈の中にいることを示せる感覚」と言い換えるとわかりやすいでしょう。日本語では「カルチャー感度が高い」「時代感のある」といった表現で置き換えることもできます。それは「自分が誰であるか」を表現し、「自分がどのコミュニティに属しているか」をシグナリングする手段なんです。
抹茶を例に取りましょう。数年前まで、抹茶はスーパーの棚に置かれた地味なお茶の一種でした。それがTikTokで爆発的に人気になり、今では「穏やかにエネルギーを整える儀式(calm energy ritual)」として消費されています。抗酸化物質が豊富で、ストレス軽減効果があるとされ——健康志向でマインドフルな自分をアピールできる。しかも、見た目がフォトジェニック。
リセール市場で取引されるスニーカーは、数十万円のバッグより安価ですが、「センスがいい」「カルチャーに通じている」といった文化資本を可視化できます。しかも限定モデルなら、価値が上がる可能性もあり、「不確実な時代における小さな投資(mini-investment)」という側面も内包しています。
価値観のシフト
PwCのパートナー、アリ・ファーマンはこう言っています。「この世代はとりわけ、自分をより良くすることへの関心が非常に高い」と。
ここが重要なポイントです。Z世代は「手の届く豊かさ(affordable affluence)」を求めている、とPwCは表現しました。つまり、気分を良くしてくれるだけじゃなく、良い価値——健康とか知識、ステータス、将来的なリターン——を提供し、自分を向上させる機会を与えてくれるもの。従来の口紅が「気分転換」「感情的な慰め」だとすれば、Gen Zの選ぶアイテムは「自己投資」なんです。抹茶なら健康、ウェルネス、スニーカーなら文化資本や金銭的な価値、そしてスキンケアコスメだったら美容やウェルネス、どれも自分への投資と捉えることができます。
そしてもう一つ、重要なデータがあります。同じくPwCのホリデー予測レポート『Holiday Outlook 2025』によると、Z世代は2025年のホリデーシーズンの支出を前年比で23%削減する予定だと答えています。一方、ミレニアル世代はたった1%の削減。ベビーブーマー世代(Baby Boomers)とX世代(Gen X)はむしろ増やす予定だと。
この差は何を意味するのでしょうか?Z世代は経済的に厳しい状況にある——それは間違いありません。多くが学生ローンを抱え、厳しい就職市場に直面し、しかも結婚や出産といった人生の節目を迎えつつある。こうしたライフイベントにはお金がかかります。
でも、これは単なる一時的な「不況への反応」じゃないんです。これは、「何に重要性を感じ、どこにお金を使う価値があると感じるのか」についての世代的なシフトです。Z世代の新たなリップスティック・エフェクトは、「感情的な慰め」から、「危機を生き抜くための準備と、社会的・文化的優位性を演じることによる、持続的な安心感の獲得」へと、その機能を進化させています。

PwC
さて、今日見てきたように、「Recession Indicators」は、もはや経済の専門家や評論者たちの専売特許ではありません。Z世代は、日常のあらゆる現象を経済の兆しとして読み解き、それを共有し、ミーム化し、そして実際に自分たちの消費行動を変えています。
彼らが選ぶ「新しいリップスティック」——抹茶ラテ、リセール・スニーカー、機能性コスメ——は、単なる気分転換ではなく、文化的アイデンティティの表明であり、自己投資であり、不確実な時代を生き抜くための戦略なんです。
というわけで、皆さん。ここで質問です。今日、この教室に来る前に、スタバで抹茶ラテ買った人?……はい、そこのあなた。おめでとうございます。あなたは今日の講義の生きた教材でした(笑)。
実際にあなたがどんな理由で抹茶を買ったかどうかはさておき、皆さんの日常の小さな選択一つひとつは、大きな経済のうねりと繋がっている、ということです。そして、時には私たち自身がそのうねりを作り出している。次に抹茶ラテを飲むときは、ぜひ今日の講義の内容や「パフォーマティブな男たち」に思いを馳せてみてください(笑)。味が変わるかもしれませんよ(笑)。では、今日の授業はここまで。お疲れさまでした!
🎙️ポッドキャストはコチラ!
※ 生成AIが客観的な視点でレビューしています🐏🐕
🐏 Behind the Flock
“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。
1. Z世代にとって、あらゆるものが不況の指標だ
Z世代は、卵の価格や段ボール需要の減少から、ローライズジーンズやレディー・ガガの再登場まで、あらゆる現象を「リセッション・インジケーター(不況の兆候)」として読み解いている。TikTok上では、この言葉自体がミーム化し、経済への不安がポップカルチャーと結びついて拡散しているのだ。かつて投資家が下着販売や口紅売上を景気の指標にしたように、いま人々はファッションや音楽など身近な兆しを通して経済を感じ取ろうとしている。実際には相関と因果は異なるものの、経済不安が「自己成就的」に不況を招く可能性もあり、こうした話題自体が最大の指標かもしれない。
2. 不況の兆候は至る所にある
2025年、トランプ大統領の変動する関税政策発表を機に不況への不安が広がっている。YouTubeではガーデニング動画が人気で、自宅で野菜を育て食費を抑える「不況対策ガーデン」が注目を集める。美容院では客が安価な施術を選び、若者はカフェでの消費を控え自宅でコーヒーを作る。ロースクール志願者も急増し、安定を求める動きが顕著だ。SNSでは「不況の兆候」を探すミームが流行し、さまざまな現象を「不況の兆候」としてユーモアにリストアップするトレンドが話題に。不況が来るか否かにかかわらず、誰もが不確実な未来に備えている。
3. Z世代が買っているもの
Z世代の購買行動は、単なる節約ではなく、感情的・社会的価値を重視する「価値意識」に特徴がある。PwCの調査によると、彼らは「手頃な贅沢」を求め、高価な抹茶やリセールスニーカー、スキンケア兼用コスメなど、文化的価値や自己表現を反映する「賢い」購入を好む。SNSやインフルエンサー経由でトレンドを捉え、リテーラーに対しては、「ソーシャルから店頭へ」の迅速な対応を期待している。商品はクリエイターの支持やその価値に納得感が持てることが必要で、流行のサイクルが短いため、タイミングも重要。Z世代は大きな節約をしつつ、喜びや社会的評価をもたらす購入を選び、ブランドより価値を優先する。リテーラーは、AI活用や迅速な品揃えで、この世代のニーズに応える戦略が求められる。
🫶 A Lamb Supreme
The Rest Is Sheepsが日常で出会った至高(笑)の体験をあなたにも。
※ 今週もお休みです🐏
すべての誤字脱字は、あなたがこのニュースレターを注意深く読んでいるかを確認するための意図的なものです🐑
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