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#024_Sheep Simon & Schusterは「本のA24」を目指す
老舗出版社Simon & Schusterが変革に挑む。同社の旗艦レーベルの新たなトップ、Sean Manningは慣習となっていたブラーブ(推薦文)を廃止し、質の高い本作りと公平な文学環境を目指す。さらに「Bookstore Blitz」など著者の個性を活かした動画シリーズで、読者との新たな接点を創出。TikTokの「BookTok」成功に学び、従来の書評に頼らず自社発信のプロモーションを展開する。Manningの視線はNetflixやA24に向いており、出版社の枠を超え、本を「体験」として再定義する挑戦が始まった。

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Simon & Schusterは「本のA24」を目指す

©️The Rest Is Sheep
「 変わらずに生き残るためには、
自ら変わらなければならない 」
ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ『山猫』
饒舌なブラーブ(Blurb)
「ページをめくる手が止まらない!」「圧倒的な筆力!」「必読の一冊!」「今年最高の一冊!」「機知に富む!」「完璧な調和!」「張りつめた緊張感と優しさ!」
書店に並ぶ新刊書のカバーに書かれた著名人による推薦文、通称「ブラーブ(Blurb)」は、その本があなたの「人生を変える」ものであると大胆に宣言している。あるいはあなたはその本に「魅了され」「夢中になり」「泣きながら一気に読む」ことになるだろうと。
新刊を出版しようとする著者にとって、ブラーブの獲得は欠かせない義務だ。作品が出版社に受理され、編集を経た後(ただし書籍が最終版となり、組版され、印刷される前に)、著者は編集者や広報担当者、エージェントと協力し、ブラーブ集めに奔走する。
著名な作家によるブラーブは、書籍の売上を大きく左右するとされてきた。彼らに原稿を読んでもらい、書籍のカバーや裏表紙を飾る一文を書いてもらう――出版社の公式な業務ではないが、作家がエージェントや編集者の助けを借りて、全力で販促用のブラーブを確保するのは、暗黙の了解となっている。

Slate
Simon & Schuster、ブラーブやめるってよ
2024年、老舗出版社Simon & Schusterのフラグシップ・レーベル(年間売上10億ドル以上を誇る同社の書籍の大部分をこのレーベルが制作している)のトップに就任したSean Manningは、自分の会社の歴史をより深く理解するために、過去に出版したタイトルを調査するのに多くの時間を費やした。
Manningは、子どものころはほとんど本を読んだことがなかった。彼は、「言葉に対する愛情はヒップホップのおかげで学んだ」と言う(彼が初めて買った本として覚えているのは、アイス-Tの『The Ice Opinion』だ)。大学で受講した英語の授業がきっかけとなり、The New Schoolのクリエイティブ・ライティング・プログラムでMFA(Master of Fine Arts)を取得した彼は執筆と編集の道へと進み、2023年には、キム・カーダシアンが表紙を飾った『GQ』誌で、彼女のカバー・ストーリーを執筆している。

The New School
そんな彼が調査で気づいたのは、意外な事実だった。同社の歴史に名を刻むベストセラーや、賞を受賞したり芸術的にも評価が高い名作の多く——古くは『サイコ』(ロバート・ブロック)や『キャッチ=22』(ジョセフ・ヘラー)、比較的最近の書籍では『スティーブ・ジョブズ』(ウォルター・アイザックソン)——は、初版時にはブラーブを使用していなかったのだ。
他の芸術・文化分野をみると、ブラーブのような慣習は決して一般的ではない。他の映画監督に「映画のポスターに使えるような推薦文を書いてくれませんか?」と頼むだろうか?ミュージシャンの推薦文が他のミュージシャンのアルバムのジャケットに載ることは?ゲームデザイナーの推薦文が他のデザイナーのゲームの箱に印刷されることは?
これまでも、著者同士の協力関係や、互いをサポートしようとする姿勢こそが書籍業界を特別なものにしているという意見はあった。でも、本当にそうだろうか?とManningは疑う。作家、編集者、エージェントはブラーブ集めに時間を割かれている。お気にいりの著者には、他人の書籍のブラーブを書くのに時間を割くのではなく、自身の新しい本を書くことに専念してほしい。ブラーブに固執することは、出版業界が本来目指すべき「最高の品質の書籍を生み出す」という使命にとって、むしろ弊害になっているのではないだろうか。
2024年12月、ベストセラー作家のRebecca MakkaiはSubstackへの投稿で「少なくとも今後2年間はブラーブの依頼は引き受けない」と発表した。彼女は、未発表の原稿を読み、ブラーブを書くことが、自分の読書や執筆に充てる時間をより多く奪っていることに気づき、もはや時間と労力を割く正当化はできないと判断したのだ(彼女は週に5件から10件ほどのブラーブの依頼を受けていたという)。
そして2025年1月、Manningは自身のレーベルにおいて、長らく業界の慣習となっていた「ブラーブ」の慣習を廃止することにした。今後は著者に対して、ブラーブの取得を義務付けない。ただし、完全に拒否するということではない。作家が、義理からではなく、純粋に読みたいという思いで一冊の本を読み、その本に感動して推薦文を書かずにはいられなくなった場合には喜んで活用するというスタンスだ。
この決定の背景には、著者や編集者は、ブラーブ取得に費やす時間や労力をより質の高い本の制作に充てるべきだという思いがある。また、コネよりも才能が評価される、より公平な文学エコシステムの構築を作りたいという信念もある。
「Publishers Weekly」のオプエド欄で発表されたこの方針は多くのメディアを賑わせ、ManningとSimon & Schusterを一躍業界の話題中心に押し上げた。しかし、これはManningの野望のほんの一端にすぎない。
出版社を超えて
2025年3月のある日、ニューヨークの書店、McNally Jacksonのベストセラーコーナー。出版社、Simon & Schusterの動画チームが、新しいウェブ動画シリーズ「Bookstore Blitz」の撮影に忙しく立ち回っていた。カメラの前に立つのは、デビュー小説「Paradise Logic」の発売を控えた28歳の新人作家、Sophie Kemp。彼女は100ドルを手に、5分間で好きな本を選ぶという挑戦に挑んでいた。
「これまでで最も難しいチャレンジかも」とKempが冗談めかして言うと、傍らで見守るSimon & Schusterのフラッグシップ・レーベルのトップ、Sean Manningは笑みを浮かべた。
Manningは新たな取り組みであるウェブ動画シリーズ「Bookstore Blitz」を「作家の個性をマーケティングに活かす手段」と位置づける。読者は本だけでなく、その背後にいる人間に興味を持ち、惹きつけられる。そして彼はさらに、「Read Carpet」という授賞式スタイルのインタビュー動画シリーズを含む、他のコンテンツも開発中だ。新聞書評に頼る従来の手法を脱し、出版社自身が著者の魅力をオンラインで発信し、幅広い読者に届けるのが狙いだ。
オンラインでの書籍コンテンツ需要は明らかだ。TikTokのブックコミュニティは、2024年には約5,900万冊の紙の書籍の販売に貢献したと言われ、それまで無名だった作家たちを一躍スターに押し上げた。Colleen HooverやSarah J. Maas、Rebecca Yarrosといったベストセラー作家の成功も、SNSのバイラル効果抜きには語れない。SNS上のセンセーショナルなスタイルの動画ひとつが従来の広告を上回る成果を上げ、作家をベストセラーリストのトップに押し上げるのだ。
BookTokの爆発的な成功により、出版社はようやく21世紀へと突入せざるを得なくなり、他のソーシャルプラットフォーム、特にInstagramやThreadsでの存在感を高めることを余儀なくされている。「毎週のように文化に影響を与える著者を輩出しているのに、なぜ外部メディアに頼るのか」Manningはそう問い、NetflixやTikTokといったエンタメの巨人を競争相手として見据える。もはやライバルは他の出版社ではない。

Fast Company
「私たちは本を中心に置いたエンターテイメント企業です」というManningの発言は、独立系映画会社から「文化的なコングロマリット」「ライフスタイルブランド」へと変貌したA24からのインスピレーションを明確に示している。Simon & Schusterを「本のA24(A24 of Books)」に変貌させようとする彼の野心は、従来の出版社の枠組みを超えた未来像を描いている。
A24が映画業界で成し遂げたように、Manningは本を単なる「商品」から没入型の「体験」へと再定義することを目指している。従来の出版モデルは、書籍を作り、書店の棚に並べることを主眼としていた。しかし新しいモデルでは、本を中心としながらも、その周辺に広がる豊かなコンテンツ体験の創出を重視する。
この変革は、単に販売手法の転換にとどまらない。それは出版社という存在の本質的な再定義だ。Manningが構想するSimon & Schusterは、書籍を起点としたコンテンツ・クリエイターであり、読者とより深く直接的な関係を構築するメディア企業なのだ。
変化の時代に求められるもの
こうしたManningの取り組みが成果を生むかどうかはまだわからない。ブッカー賞ノミネート作家William Boydが「書店員はブラーブを見て本を注文する。同業の手助けになるなら意味がある」と語るように、ブラーブに関する決定に懐疑的な人々もいる。
ただ、Manningはこうした批判には動じない。「これは「試してみて、結果をみてみよう」という類いのことだ」と彼は言う。そして、「失敗は許されない。でも、何か新しいことを試さなければ、本当にダメになってしまう」と。
デジタル技術の進化や読者の嗜好の変化、そして書店も大きく変わろうとするなか、出版社は従来の「出版社」の枠を超えた存在へと進化することを迫られている。これまでの常識にとらわれず、読者と本をつなぐ新しい方法を模索し続けることが、この変化の時代を生き抜く鍵となるだろう。
70年近くも前にランペドゥーサが『山猫』に記した通り、「変わらずに生き残るためには、自ら変わらなければならない」のだ。
🐏 Behind the Flock
“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。
1. Simon & Schusterのフラグシップレーベルがブラーブを不要とする理由
Simon & Schusterのフラグシップレーベルのトップ、Sean Manningは、2025年から著者に対し、宣伝用のブラーブ(推薦文)の取得を義務付けない方針を決定した。彼は、多くの名作がブラーブなしで成功していることを挙げ、ブラーブの取得に費やす時間は無駄であり、著者や編集者は本来の仕事に集中すべきだと主張する。また、ブラーブ文化がコネを重視し、才能の発掘を妨げる要因になっているとも指摘。今後は、純粋な好意で寄せられたブラーブのみ採用し、より質の高い書籍作りに注力すると述べた。
2. Simon & Schusterの路線変更が業界に波紋を広げる
ブラーブの廃止決定を受け、出版業界では賛否が分かれた。小説家のLincoln Michelは「ベストセラー作家や受賞作家にブラーブいらない。ブラーブは中堅作家やデビュー作家のためにあるべきものだ」と提案し、作家のJohnny Diamondは「ブラーブを依頼され書くことは「自分は作家であり、書くことができるのだ」と思い出させてくれる機会でもある。それは決して当たり前のものとして軽視すべきではない」と述べている。一方、出版業界の経済状況が不安定な中、ブラーブはマーケティングの代替手段として機能しており、その廃止により作家自身の宣伝負担が増すとの懸念もある。さらに、ブラーブは書店や批評家が書籍を選別する基準となるため、完全になくなることで書籍の評価基準が変化する可能性がある。
3. Simon & Schusterは、あなたのお気に入りのコンテンツクリエイターになりたいと考えている
Sean Manningは、同社をメディアの中心的存在にすることを目指し、書籍を軸としたエンターテインメントを強化している。その一環として、100ドルで本を選ぶ「Bookstore Blitz」などのウェブシリーズを企画。さらに、著者を活用した「Read Carpet」などの番組も計画している。BookTokなどのSNSが出版業界に大きな影響を与える中、Manningは出版社の競争相手はもはや他の出版社ではなく、ソーシャルメディアだと考えている。彼はViceやThe New Yorkerのようなブランド戦略を参考にし、Simon & SchusterをA24のような熱狂的ファンを持つブランドへと成長させることを目指している。
🫶 A Lamb Supreme
The Rest Is Sheepsが日常で出会った至高(笑)の体験をあなたにも。
20周年の大きな節目を迎える『GREENROOM FESTIVAL 2025』🏄 今年は“前夜祭”を含む3Days開催!
さぁさぁ、GREENROOMの季節がやって参りました🏄 2005年のスタートから今年で20周年目。例年、週末の2Days開催だが、記念すべき大きな節目を迎えるアニバーサリーイヤーの今年は、なんと金・土・日曜日の3Daysに規模を拡大。初日は“前夜祭”が開催される。
続々とアーティストが発表されているが、6度のグラミー賞受賞者Jacob Collier、UKジャズシーンの革命児The Yussef Dayes Experience、レゲエ界の新星YG Marleyなど、錚々たるメンツで気合いの入ったキャスティング。 なんとなく毎年参戦しているが、昨年はチケットを買い忘れ参戦が叶いませんでしたが、今年は忘れないよう備忘録としてシェアします。(笑)皆さんもお早めに。
2025年5月23日〜25日、例年通り横浜赤レンガ倉庫で開催です。🐏
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