#086_Sheep 知性は、なぜ欲望になったのか

ポップスターが読書クラブを主宰し、モデルが難解な小説を携え、ブランドはランウェイに思想家たちの名前を忍ばせる。いまポップカルチャーでは、「知性を感じさせること」が、単なる演出を超えて、新たな魅力や信頼の源になりつつある。反知性主義、AI生成コンテンツ、注意力の断片化──「速く、浅く、短い」情報環境が加速するなかで、なぜいま「深く考えること」が価値を持ち始めているのか。演出としての知性と、時間をかけて培われる本当の深さ。その距離感も見つめながら、ポップ、ファッション、インフルエンサー文化の奥で進む、価値観の静かな地殻変動を読み解く。

“The Rest Is Sheep”は、デジタル時代ならではの新しい顧客接点、未来の消費体験、さらには未来の消費者が大切にする価値観を探求するプロジェクトです。

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カルチャー、アート、テクノロジー、ビジネスなど、消費者を取り巻く多様なテーマをThe Rest Is Sheepのフィルターを通して紹介します。結論を出すことよりも、考察のプロセスを大切に。

知性は、なぜ欲望になったのか

©︎The Rest Is Sheep

皆さんおはようございます。時間になりましたので、本日の授業を始めたいと思います。

先日の授業では、ファッションブランドが知性、とりわけ文学的な文脈を強く求め始めている、という話をしました。Diorはブックトートに『ボヴァリー夫人や『悪の華』の初版本カバーを刺繍し、Coachはジェーン・オースティンの書籍を模したブックチャームを作り、Hodakovaはパリのランウェイに「本そのもの」の形をしたドレスを持ち込みました。

実は、こうした動きはファッションの枠を超え、いまやポップカルチャー全体に広がっています。ポップスターが読書クラブを主宰し、インフルエンサーが鋭い洞察をもつニュースレターを配信する。「賢そうであること」は、かつてのスニーカーやバッグと同じくらい、あるいはそれ以上に、強力な魅力の記号として機能し始めているんです。

言ってしまえば、2026年現在、「知性」が妙にセクシーなものになっているんです。今日はこの現象を入口に、もう少し深いところまで考えていきたいと思います。なぜ今、人々はこれほどまでに「深さ」や「知性」に惹かれ始めているのか。まず具体的な現象から見ていきましょう。

※ 生成AIが客観的な視点でレビューしています🐏🐕

「知性」を求めるポップスターたち

その象徴的な存在が、デュア・リパです。彼女は「Service95」というオンラインのブッククラブを主宰し、自身の選書にとどまらず、作家への踏み込んだインタビューやエッセイも発信しています。印象的なのは、その読みの深さです。小説家デイヴィッド・サライとの対談では、作品に通底する「父親の不在」というモチーフに切り込み、著者本人が「どのレビュアーも見抜かなかった視点だ」と驚くほどの読解を示しました。

Instagram Post

あるいは、モデルのカイア・ガーバー──彼女の母親はシンディ・クロフォードです──を例に挙げてもいいでしょう。ファッションウィークの舞台裏で「Vogue」ではなく、ジョーン・ディディオン、マルグリット・デュラス、アルベール・カミュを読み耽る彼女。自身のブッククラブ「Library Science」で最初に選んだのは喪失や殉教、中毒を扱うカヴェ・アクバルの難解な小説『Martyr!』でした。ここにあるのは、知性のポーズというより、思考への本気です。

カイア・ガーバー(Vogue)

こうした動きは、個人の嗜好にとどまらず、ブランドのショーそのものに組み込まれています。2025年秋のニューヨーク・ファッションウィーク、つまり2026年春夏コレクションで、Proenza Schoulerはショーノートに、新クリエイティブ・ディレクターのレイチェル・スコットが、エレーヌ・シクスーやリュス・イリガライといったフランスのフェミニズム思想家による読書リストを添えました。大手ブランドを率いる数少ない女性、しかも有色人種の女性として、その選書は、自身がこれから何をつくろうとしているのかを静かに予告する役割を果たしていたように思えます。

また、ALTUZARRAのジョセフ・アルチュザラは、小川洋子の『密やかな結晶』をゲスト全員の座席に置きました。ランウェイが、単に服を見せる場所ではなく、思想を共有する場へと変わりつつあるわけです。

Yoko Ogawa “The Memory Police” (Vogue)

興味深いのは、こうした「知性への接近」に対し、アーティスト自身が自覚的だという点です。Charli XCXはSubstackに1,800ワードにも及ぶエッセイを投稿し、こんなことを書いています──「ポップスターである自分には「頭が悪いはずだ」と証明したがる周りからの視線がつきまとう」と。

 

I felt generally welcomed to the community but also did see the small wave of people being annoyed I’d broken down the walls of my box they were determined to keep me in, the box, or should I say the brand, of the party girl who smokes cigs, does coke, loves the color green and has the capacity for nothing else.

全体としては歓迎されていると感じた。でも同時に、彼らが私をずっと閉じ込めておきたかった「箱」の壁を、私自身が壊してしまったことに苛立っている人たちが少なからずいるのも分かった。その「箱」──いや、「ブランド」と言ったほうが正しいかもしれない──とは、「タバコを吸って、コカインをやって、緑色が好きで、それ以外には何も考えていなさそうなパーティーガール」というイメージのことだ。

この言葉は示唆的です。私たちはどこかで、ポップスターやファッションと知性を対極のものとして扱ってきたのかもしれません。けれど、ポップミュージックの歴史は、ボブ・ディランからパティ・スミス、ケンドリック・ラマーに至るまで、常に豊かな文学性を抱えてきました。いま起きているのは、突然の知性化ではありません。長く切り離されていた「華やかさ」と「思考」が、ふたたび同じテーブルに戻ってきているんです。

 

反知性主義とスロップの時代

では、なぜ「いま」なのでしょうか。なぜ2026年のポップカルチャーは、これほどまでに「深さ」を欲しているのでしょう。

背景として押さえておきたいのが、近年しばしば指摘される「反知性主義(anti-intellectualism)」という空気です。アメリカでは、トランプ大統領が国連演説で気候変動を「史上最大のでっち上げ」と主張し、名門大学への公的資金の削減、調査報道メディアの弱体化が同時進行している。専門知への不信は、政治にとどまらず社会全体に広がっています。

President Trump (Axios)

ただし、「反知性主義」が単に「知性を軽んじる頭の悪い人々の運動」ではないという点は指摘させてください。その根底には、「知識人やエリートだけが正しいわけではない」という、ある意味ではもっともな感覚があります。現場を知らない専門家の言葉より、生活者のリアリティのほうが真実に近いこともある。問題は、その感覚が行き過ぎるときです。専門家の知見が「エリートの押しつけ」として一括で退けられ、事実や検証よりも、「なんとなくそう思う」「気分的に嫌だ」が優先されるようになる。知性への懐疑が、知性そのものへの拒絶にすり替わってしまうわけです。

そこに重なったのが、テクノロジーの変化でした。TikTokを開けばAI生成の動画が流れ、Instagramには広告が差し込まれ、数秒おきに新しい刺激がやってくる。最近よく聞く「スロップ(slop)」という言葉は、AIが大量生産した中身の薄いコンテンツを指します。こうしたアテンション・エコノミー、つまり私たちの注意を資源として消費し続ける構造は、深く考えることへの関心を静かに削っていきます。

さらに、「面倒なプロセスを省きたい」という欲望に応えるサービスも次々に現れています。文章はAIが瞬時に書き、調べものは30秒のまとめ動画で済んでしまう。わざわざ本を読み、うまく言葉にならない違和感を抱えたまま考え続けることは、ショート動画的な感覚から見れば、あまりにも非効率です。けれど、だからこそ逆説的に、その非効率さそのものが価値を帯び始めています。

 

希少資源としての知性

考えること自体が「コスパの悪いもの」と見なされ始めたいま、きちんと考えられる人、独自の視点を持てる人は、むしろ希少になっています。かつては真面目で退屈なものとして扱われがちだった知性が、いま欲望の対象になっているのは、それが現代における希少資源になったからです。

トレンド予測の専門家ルーシー・グリーンは、この現象を「視覚中心のライフスタイル・コンテンツへのバックラッシュ」と捉えています。誰もがインスタ映えする写真を投稿できるようになった結果、視覚的な美しさそれ自体の価値が下がっていった。Instagram的な美しさがコモディティ化したわけです。

その一方で、ポッドキャストやReddit、YouTubeの一部では、「もっと深く知りたい」「もっと文脈を理解したい」という欲望が、特にZ世代を中心に強まっています。

ちなみに、ここで重要なのは、私たちがSNSで目にする「読書ブーム」の華やかさとは裏腹に、英語圏を中心とした世界各地で、人々の読書習慣は長期的な衰退傾向にあるということです。英国の慈善団体「Reading Agency」の調査によれば、成人のレジャーとしての読書時間は過去10年間で着実に減少していますし 、米国の国立芸術基金(NEA: National Endowment for the Arts)も、文学的読書の読者数が2000年代初頭から大幅に減少していると報告しています。つまり、世界は全体として「読まない方向」へと進んでいるわけです。

だからこそ逆に、重厚な文学を読み、自分の言葉で世界を語れる人が、以前よりも強い存在感を持ち始めています。これは少し皮肉ですよね。みんなが読んでいた時代には、「読書」は特別な行為ではなかった。でも、誰も読まなくなり始めた時代には、「ちゃんと読むこと」そのものが、一種の文化資本になっているんです。

Kendall Jenner (The Guardian)

The Guardian紙のファッションエディター、ジェス・カートナー=モーリーは「2020年代のいま、知識や視点を持つことは、2000年代の限定スニーカーのようなものだ」と表現しました。限定スニーカーは、持っているだけで文化的なシグナルになりましたよね。それと同じように、いまは「独自の知識を持っていること」や、「自分の視点で語れること」が、その人の価値や魅力として機能し始めている。かつて希少性が「モノ」の価値を作ったように、いまは「考える力」の希少性が、人の価値を作り始めている──そういう時代なんです。

 

知的インフルエンサーの台頭

こうした価値観の変容は、クリエイター・エコノミーのあり方も変えつつあります。

いま私たちのフィードを埋め尽くしているのは、AI生成画像や、スピードとボリュームだけを優先した広告コンテンツ、いわゆる「スロップ」の山。そのなかで、従来型のインフルエンサー・モデルは少しずつ機能不全を起こしています。視聴者は「この人は本当に好きで紹介しているのだろうか」という点に、以前よりはるかに敏感です。とりわけZ世代は、広告の構造そのものに冷めた視線を向けています。「また何か売りつけようとしているな」という感覚が、半ばデフォルトになっているわけです。

こうした環境への生理的な反発として、Vogue Businessが「Intellectual Influencer(知的インフルエンサー)」と呼ぶ新たなクリエイター層が急速に存在感を高めています。フォロワー数や見た目ではなく、ある分野への深い知識と独自の視点によって支持を集める人たちです。

なぜ彼らが信頼されるのか。理由は、信頼の蓄積がSNS以前からあるからです。彼らは「フォロワーを増やすために賢いふりをしている人」ではありません。SNSとは関係なく、自分の専門領域で知識と視点を積み上げてきた人たちです。つまり、「もともと深い知識を持っていた人が、SNSによって可視化された」にすぎない。だからこそ、ブランドとコラボしても、「この人は自分が信じていないものとは組まないだろう」と受け手に思わせることができる。その一貫性が、信頼の担保になります。

たとえば自らを「resident librarian(常駐司書)」と称するジャック・エドワーズ。もともとは本を紹介するYouTuberでしたが、いつしかValentinoのショーにVIP招待される常連となり、今年初めには「Esquire」の寄稿編集者に就任しました。「本を語る人」がファッション業界の中枢へと接続されていく。この変化が示しているのは、「誰と知り合いか」と同じくらい、あるいはそれ以上に、「何を知っているか」が影響力を持ち始めているということです。

Jack Edwards (The Telegraph)

あるいは、ファッションコメンテーターのリアン・フィン。彼女はeBayとのコラボ動画で、1999年秋冬のPradaによる葉のアップリケ付きバッグを取り上げています。けれども、それを単なる「かわいいヴィンテージ」として見せるのではありません

彼女はこのバッグを、どこか野暮ったさを含んだ奇妙なシックさ、あるいは過剰な洗練とは異なる誠実なファッションの象徴として読み解きながら、自然のモチーフと耐久性のある未来的な素材が交差した90年代末の感覚へと接続していきます。そこでは、Y2K的なテクノロジーへの期待と、自然へのまなざしとがせめぎ合っている。さらに、ヨウジヤマモトのランウェイについて読んでいたことをきっかけに、象徴性の組み替えやクラフトマンシップという別の文脈も引き寄せ、このバッグを「複数の物語を同時に語るファッション史の断片」として位置づける。最後にようやく、それがeBayで見つけた一点であることが明かされるんです。

ここでの主役は、バッグそのものではありません。バッグは、より大きなファッション史を読み解くための入口として扱われている。商品がゴールではなく、思考の出発点になっているのです。

Instagram Post

これが、従来のインフルエンサー・マーケティングとの決定的な違いです。ブランドが彼らに求めているのは、単なる露出ではありません。文脈です。商品を見せてほしいのではなく、その商品をどんな意味のなかに置くかを求めている。

だから逆説的に、ブランド側にも抑制が必要になります。ある創業者は、「知的インフルエンサーと仕事をするときに大切なのは、その人の声を広告っぽく変えすぎないことだ」と語っています。彼らの言葉を宣伝文句に変換した瞬間、信頼は一気に崩れるからです。

ここで起きているのは、「誰が影響力を持つのか」という定義そのものの変化です。もちろん、可視性はいまでも重要です。でも、「視点のない可視性」は、以前ほど強い力を持たなくなっている。影響力とは、「どれだけ多く見られるか」ではなく、「どれだけ人の思考を動かせるか」に変わり始めているんです。

 

深さはなぜ魅力になるのか

さて、今日は「知性」や「深さ」が新しい魅力として浮上している現象を、いくつかの角度から見てきました。反知性主義が政治を覆い、AI生成コンテンツやスロップが情報空間を埋め尽くし、アルゴリズムが私たちの注意を細かく切り刻んでいく。その一方で、カルチャーの一部では真逆の風が吹いています。ポップスターが読書クラブを主宰し、ファッションブランドが思想家の読書リストをショーに織り込み、オンラインで自らを「司書」と名乗るクリエイターがファッション誌の文学編集者になっていく。

とはいえ、実際の読書人口は減り続けています。本を「持つこと」と「読むこと」は別ですし、知性を「演出すること」と、「本当に時間をかけて身につけること」のあいだには、なお大きな距離があるかもしれません。だから、この現象を単純に「みんなが急に知的になった」と捉えるのは違うでしょう。重要なのは、社会全体が「浅く、速く、短く」なるなかで、「深く考える力」そのものの希少価値が上がっているということです。

速く反応すること。短く伝えること。すぐ消費できること。そうした能力はこれからも重要でしょう。しかし、それがあまりにも当たり前になった時代だからこそ、別の価値が立ち上がる。ひとつのテーマを簡単に結論づけず、矛盾や違和感を抱えたまま考え続けること。複数の文脈を行き来しながら、「本当はどういうことなのか」と少し長くその場にとどまること。たぶん「深さ」とは、難しい言葉を使うことではなく、そういう態度のことなのだと思います。

もちろん、そうした態度はSNSでは目立ちにくい。タイムラインでは、速く断言できる人のほうが強く見え、複雑な話を単純化できる人のほうが拡散されやすい。でも、だからこそ逆に、「すぐ答えを出さない姿勢」そのものが、これからの時代には価値になるのかもしれません。AIやアルゴリズムが表層の情報を均質化していく時代に、最後に人間の輪郭を決めるのは、「どこまで深く潜れるか」なのかもしれない。そして、だからこそいま、ポップカルチャーは知性へと近づいているのです。

繰り返しますが、急にみんなが真面目になったわけではありません。むしろ、ノイズに満ちた時代のなかで、「深さ」だけが最後に人を惹きつける希少な魅力になり始めている。私たちは、踊る場所や騒ぐ場所とは別に、「ちゃんと考えられる場所」も求め始めているのではないでしょうか。それが2020年代という時代の、もっとも静かで、しかし本質的な変化なのかもしれません。

最後に、ひとつ印象的な言葉を紹介して終わります。

2021年、ミウッチャ・プラダとラフ・シモンズの公開対談で、10歳の女の子がミウッチャにこんな質問をしました。「将来、ファッションデザイナーになるために、どんなことをすればいいですか」。それに対して、彼女はこう答えます。

勉強して、勉強して、勉強すること。学びなさい。映画を観て、アートに触れて、文学を読む。そして、服というものは、人がよりよく生きるためにあるのだと理解すること。服づくりは、決して抽象的な仕事ではないのです。私の仕事の結果として、人々が私の服を着ることで少し気分が良くなったり、少しでもより良く生きられるようになったりする。それが大切なの。だから服は、実用的であると同時に、その人の個性を形づくる助けにもならなければならない。本当に、「人生のための道具」として考えてほしいのです」

これはとても象徴的な言葉だと思います。なぜなら、ミウッチャは単に「知識を増やしなさい」と言っているのではないからです。服は人生を少しよくするためのものだ、と彼女は言う。人が服を通して自分を見つけ、ときには別の誰かになってみる。そのためには、世界を深く見つめる力が必要なのだ、と。

そしてそれは、ファッションに限った話ではないはずです。いまの時代、効率やスピードだけを追いかけようと思えば、いくらでもできてしまう。だからこそ、時間をかけて考えること。すぐ役に立たなくても本を読むこと。自分のなかに複雑な文脈を少しずつ蓄積していくこと。そうした、一見すると非効率に見える営みこそが、これからの時代に人間らしさや、その人だけの輪郭をつくっていくのかもしれません。

今日の話を、単なる「知的ブーム」としてではなく、「これから人間に何が残るのか」という問いとして持ち帰ってもらえたらうれしいです。お疲れさまでした!

🐏 Behind the Flock

“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。

1. 「知的インフルエンサー」の台頭

AI生成コンテンツや大量の広告的投稿がSNSにあふれるなか、Z世代を中心に「中身のある発信」への関心が高まり、「知的インフルエンサー(intellectual influencer)」と呼ばれる存在が注目を集めている。彼らは見た目やライフスタイルではなく、専門知識や文化的洞察、独自の視点を武器に支持を集めており、#BookTokやSubstack、Discordの広がりもその流れを後押ししている。ブランド側もこうした変化を受け、知的インフルエンサーを単なる広告塔ではなく、文化を解釈し文脈を与える存在として活用し始めた。AI時代において、単なる露出や話題性よりも、「深さ」や「知性」、「文化的文脈」を持つ発信が新たな信頼や価値につながり始めている。

2. 知性がいま再び魅力になる

かつて「本の虫」は地味で冴えない存在として描かれてきたが、2026年には読書が知性やセンスを示す新たな文化資本として再評価されている。AI生成コンテンツや短尺SNSによって注意力が断片化するなか、時間をかけて本を読む行為そのものが「贅沢」で「知的」なライフスタイルとして映るようになった。TikTokの「BookTok」やSubstackの拡大も、長文読書や執筆への回帰を後押ししている。こうした流れを受け、Dior は『ドラキュラ』や『ユリシーズ』をモチーフにしたBook Toteを展開し、Miu Miuは文学サロン「Miu Miu Literary Club」を開催。さらに、Dua LipaやReese Witherspoonらによるブッククラブも、文学をエンタメやファッションと接続する存在となっている。読書は単なる趣味ではなく、情報過多の時代に自分の思考を取り戻す文化的実践として広がり始めている。

3. ランウェイを彩った「文学」

2026年春夏ニューヨーク・ファッションウィークでは、文学がかつてなく深くコレクションに浸透した。ジョセフ・アルトゥザーラ(Altuzarra)は恒例の書籍プレゼントとして小川洋子の『密やかな結晶』を来場者に贈り、レイチェル・スコット(Proenza Schouler)はエレーヌ・シクスーらフランスのフェミニスト文学をレコメンドし、新クリエイティブ・ディレクターとしての思想的方向性を示唆した。マイケル・コース(Michael Kors)はポール・ボウルズの『シェルタリング・スカイ』をランウェイのバッグに忍ばせ、コリーン・アレン(Colleen Allen)はシルヴィア・プラスの『ベル・ジャー』の一場面からインスピレーションを得た繊細なシフォンピースを発表。コリーナ・ストラーダ(Collina Strada)はユングの「影」の概念を体現すべく、各モデルに影の分身を従えてランウェイを歩かせた。書籍がインスピレーションの源泉にとどまらず、ブランドの世界観や作り手の思想を伝えるための強力なメッセージツールとして機能したシーズンとなった。

🫶 A Lamb Supreme

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今週もお休みです 🐏

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