#019_Sheep モルトからシャンパーニュへ(後編)

ヒップホップとアルコール業界の関係が大きく変わったきっかけは、ある「事件」だった——。2000年代、Cristal(クリスタル)のボイコット騒動を機に、ラッパーたちは広告塔からビジネスの所有者へと変貌していく。Jay-Zが手掛けるArmand de Brignac(アルマンド・ド・ブリニャック)をはじめ、ラッパーたちは自らのブランドを作り、文化的影響力を拡大していく。モルトからシャンパーニュへ——その変遷の核心に迫る。

“The Rest Is Sheep”は、デジタル時代ならではの新しい顧客接点、未来の消費体験、さらには未来の消費者が大切にする価値観を探求するプロジェクトです。

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そんな思いで交わされた「楽屋トーク」を、ニュースレターという形で発信していきます。

🔍 Sheepcore

カルチャー、アート、テクノロジー、ビジネスなど、消費者を取り巻く多様なテーマをThe Rest Is Sheepのフィルターを通して紹介します。結論を出すことよりも、考察のプロセスを大切に。

モルトからシャンパーニュへ(後編)

©️The Rest Is Sheep

(前編から続く)前編はこちら🔍

クリスタル・ボイコット事件

さて、90年代のラッパーたちは、いわば白人企業の酒の広告塔みたいな存在としてサバイブしてきたわけだけど、2000年代に入ると状況がガラッと変わります。その大きな転機になったのが、2006年のCristal(クリスタル)騒動。いや、騒動っていうか、事件、ですよね、この際(笑)。

ご存知Cristal、高級シャンパーニュのブランドで、作ってるのはLouis Roederer(ルイ・ロデレール)。もともとは富裕層向けのプレミアムな酒だったんだけど、90年代から2000年代にかけて、ラッパーたちがこぞってリリックに登場させ、ミュージックビデオでボトルを振り回し、クラブではシャンパーニュ・シャワーを浴びまくる。こうしてCristalはヒップホップのシンボルになっていきます。

たとえば2Pacが1996年に発表した『Thug Passion』は、AlizéっていうリキュールとCristalを1:1で割った、彼が考案したカクテルに捧げられたものだし、Jay-Zは何度も曲でCristalの名前を出してた。実際、ミュージックビデオを見ても、Cristalのゴールドのボトル、めちゃくちゃ画面映えしますよね(笑)。

でも、そんなCristalブームの最中に、Louis Roedererの社長、Frédéric Rouzaudがやらかします。2006年、『Economist』のインタビューで「ラップ文化の華やかなイメージがブランドに悪影響を与えるのでは?」と聞かれた彼は、こう答えるんです。

「それは良い質問ですが、どうしようもありません。我々は誰かが購入するのを禁止することはできません」

これ、Timberlandのときと同じパターンですね。「ヒップホップの連中が買うのは勝手だけど、うちは関係ないから」と。「Jay-Zさんのような方は、我が家のCristalとは少々釣り合いが取れないのではないでしょうか」って感じでしょうか(笑)。ヒップホップが嫌いだったのか、高級シャンパーニュがチャラい雰囲気で消費されるのが気に食わなかったのか、とにかく「ヒップホップの人たちは客層として目立ってほしくない」って言っちゃった(笑)。

当然、Jay-Zはブチギレます(笑)。「おまえらの酒はもういらない」と即座に自身のナイトクラブ「40/40 Club」からCristalを撤去。そして「俺たちは俺たちの酒を作る」と宣言し、自分のシャンパーニュ・ブランド「Armand de Brignac」、通称アルマンド、あるいは「Ace of Spades」を立ち上げます。

搾取からエンパワーメントへ

ヒップホップアーティストたちによる「所有」のゴングが鳴ったわけです。つまり、ヒップホップが「搾取される側」から「自分で作って売る側」にシフトした瞬間ですね。

で、結果は?Ace of Spadesは大成功。2019年の販売本数は50万本を超え、Jay-Zは2021年、このブランドの株式50%を6億ドル以上でLVMHに売却してます。90年代、E-40がSt. IdesのCMに出て日給6万ドルもらってた時代とはもう隔世の感がありますね(笑)。酒のランクも、モルト・リカーからシャンパーニュに格上げされた(笑)。

で、Jay-Zの成功を見て、多くのラッパーたちが後に続きます。あのE-40もワインやテキーラ、コニャックなどなどいろんなお酒が揃った「Earl Stevens Selections」っていうブランドを立ち上げて、ってここは本名なんだって感じですが(笑)、よく考えたら「40」は安酒から来てるわけで、リカーセレクションのブランド名としては都合悪いですね(笑)、ともかく彼のブランドはいまでは全米41州にまで広がってます。Cardi Bはウォッカ入りホイップクリーム「Whipshots」をプロデュース、Dr. DreとSnoopに至っては、伝説のリリックをそのままリアルに商品化した「Gin & Juice」を発売、Beyoncéもつい先日Moët Hennessyと共同でアメリカン・ウイスキー「SirDavis」の販売を開始しました。

かつて、ラッパーたちは大手企業のマーケティング戦略に使われるだけの存在でした。特に、St. Idesみたいなブランドは、ラッパーの影響力をうまく使って安い酒を売って利益を得てたんですよね。でも、その搾取の構造を逆手に取ったラッパーたちは、最終的には自分たちのブランドを作り上げて、力を取り戻したんです。いまやラッパーたちが酒の「顔」じゃなくて、「オーナー」になる時代が来たってわけです。

「アーティスト商人」

ブランドの所有権を持つってことは、ただのお金儲けにとどまらないんですよね。実は、それが文化的な影響力を広げるってことでもあるんです。アーティストたちは、ブランドを持つことによって、自分の価値を直接市場にアピールして、仲介者を通さずにその利益を手に入れられるようになった。これって、ラップがただの音楽ジャンルじゃなくて、文化的にも経済的にも強い力を持つ産業に進化した証拠って言っても良いかもしれません。

ラップはアメリカのポピュラー・ミュージックの中で最も自己言及的で会話的な表現形式なんですよね。フォークシンガーやパンクミュージシャンとは違い、ラッパーの人生やライフスタイルは彼らのリリックからダイレクトに聞き手に伝わり、共感や反発を生んできました。特定の誰かを支持したり、特定の酒で酔うことをラップするように、彼らが歌詞に忍ばせた言葉や文化的要素は、常にビビッドな意味を持ち続けてきたわけです。

そして、それはアーティストをロールモデルとする若いファンたちにとってある種の指針にもなる。何を読むべきか、どんな車に乗るべきか、どう着こなすべきか、何を食べ、飲むべきか——ラップはそういうライフスタイルを提示し続けてきた。

さらにいえば、ヒップホップは1970年代半ばのニューヨークで生まれたアートフォームで、だからこそ当初から起業家的な要素を持っていたわけです。ヒップホッパーに必要な資質を考えてみると、軽妙なトーク力、場を読む力、チャンスを見極める嗅覚——MC、ラップをする人は、ある意味で営業マン、ですよね。

音楽ライターであり歴史家でもあるDan Charnasは、こうしたラッパーたちを「アーティスト商人(artist merchants)」と表現しています。つまり、ラッパーたちはアーティストであると同時に、自らのライフスタイルを売り込む商人でもあるんだ、と。彼はこう言ってます。「ヒップホップはもともと資本主義やブランディングと親和性が高く、違和感なく馴染んでいます。他の音楽ジャンルのように、消費主義を敵とは考えてないんです」

この「アートと商業を対立的に捉えない」という特徴は、ヒップホップが生まれた背景とも関係しています。貧困層の若者がリソースの少ない環境で自己表現の手段として発展させた文化だからこそ、「商業的な成功=文化の成功」という認識が強い。だからこそ、ラッパーが酒を売ることも「成功の証」として受け入れられるんですよね。ラッパーたちのリカービジネスは単なるトレンドではなく、ヒップホップの社会受容と、彼らの自立とエンパワーメントの物語です。

というわけで、長々お付き合いいただきました本日のThe Rest Is Sheep、終わりの時間が近づいてまいりました。我々のチームも影響力を拡張し、エンパワーメントしていこうってことで(笑)、酒でも仕込んだほうがいいんじゃないかって話してるんですが、予算の関係上、まずはスウェットから作ってみました(笑)。欲しい方、番組宛にDMください(笑)。では今日はこちらで。また来週。

🐏 Behind the Flock

“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。

1. Cristalの憂鬱

この記事が書かれた2006年当時の米国において、Cristalは特にヒップホップアーティストに人気となっていたが、彼らの消費スタイルは洗練された味覚よりもギラギラした派手なライフスタイルの一環と見なされていた。Jay-Zなどが率先して楽曲で言及し、コンサートでも頻繁に登場するため、一部ではCristalがスポンサーではないかと疑われるほどだった。 Louis Roedererはこの予想外の人気を必ずしも歓迎しておらず、経営者のFrédéric Rouzaudは「禁止することはできない」としつつも、このイメージがブランドに悪影響を及ぼす可能性を示唆している。高級ブランドのイメージはしばしば意図しない顧客層の消費によって変化する運命にあるが、このFrédéric Rouzaudのコメントが後にJay-Zによるボイコットの直接のきっかけとなった。

2. Jay-Z、Cristalに蓋をする

2006年5月のFrédéric Rouzaudの発言を受けたJay-Zは、自身や他のラッパーたちが長年にわたりCristalに無償の宣伝効果をもたらしてきたことを指摘し、「『ありがとう』以外の言葉は人種差別的だ」と反発。Cristalのボイコットを宣言し、自身のナイトクラブでの提供を中止するとともに、楽曲からの言及も削除すると発表した。ヒップホップ界での影響力が大きい彼の決断により、ナイトクラブや業界関係者の間で他のシャンパンブランドへのシフトが進んだ。当時、一部の専門家は、他の著名なシャンパンメーカーがJay-Zを自社ブランドに取り込もうと動くのではないかと予想していた。当時、一部の専門家は、他の著名なシャンパンメーカーがJay-Zを自社ブランドに取り込もうと動くのではないかと予想していた。

3. LVMH、6億3000万ドルの評価額でArmand de Brignacの50%を取得

LVMHは2021年2月、JAY-Zのシャンパンブランド「Armand de Brignac(Ace of Spades)」の株式50%を取得した。このブランドの評価額は約6億3,000万ドルであり、JAY-Zは少なくとも3億1,500万ドルを現金で受け取ったとされる。JAY-Zは「Moët Hennessyのグローバルな流通網とブランド開発の実績が、Armand de Brignacのさらなる成長を後押しする」とコメントし、LVMHとの提携を前向きに評価している。かつて高級シャンパーニュメーカーから煙たがられたJay-Zは、高級シャンパーニュメーカーが大金をはたいてでも自分のものにしたい存在となった。

🫶 A Lamb Supreme

The Rest Is Sheepsが日常で出会った至高(笑)の体験をあなたにも。

三軒茶屋が誇るネオ大衆酒場×HIPHOPレジェンド『NAS』とのコラボ

「コラボT」や「限定グッズ」といったスワッグの動向に最近アンテナを張っている我々ですが、今回注目したいのは、三軒茶屋「大衆酒場ネオトーキョー」のニュース。同店は、“キング・オブ・MC”の異名を持ち、NYそして世界を代表するレジェンド・リリシスト『NAS(ナズ)』とのコラボTシャツを3月8日から販売開始したとのこと。NASが日本の飲食店とコラボするのは初めてだそうだ。

正直なところ、『え、なぜ!?』と驚いたが、調べてみると同店代表が幼少期からNASに心酔し、この夢のコラボを長年熱望していたという背景が明らかに。白黒2色展開で価格は7,480円、サイズはL〜XXL。(販売に関する詳細はネオトーキョー公式インスタまで

これはちょっと興味が湧くので、近々覗きに行ってみようかな(笑)

すべての誤字脱字は、あなたがこのニュースレターを注意深く読んでいるかを確認するための意図的なものです🐑

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