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#093_Sheep 君のフィードは嘘をつく
かつて私たちの人間関係や興味を映し出す「鏡」だったフィードは、今や需要と「空気」を先回りして作り出す「演出装置」へと姿を変えた。音楽マーケティングの最前線で公然と語られる「トレンド・シミュレーション」や「ナラティブ・キャンペーン」という手法は、アルゴリズムの誤認と人間の「社会的証明」という二つの弱点を同時に突きながら、音楽はもちろん政治やブランド、セレブリティをめぐる世論にまで浸透している。「この曲がいい」という素朴な感情すら誰かに設計されうる時代、失われつつある「主体」と「真正性」の行方を追う。


“The Rest Is Sheep”は、デジタル時代ならではの新しい顧客接点、未来の消費体験、さらには未来の消費者が大切にする価値観を探求するプロジェクトです。
役に立つ話よりもおもしろい話を。旬なニュースよりも、自分たちが考えを深めたいテーマを――。
そんな思いで交わされた「楽屋トーク」を、ニュースレターという形で発信していきます。
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カルチャー、アート、テクノロジー、ビジネスなど、消費者を取り巻く多様なテーマをThe Rest Is Sheepのフィルターを通して紹介します。結論を出すことよりも、考察のプロセスを大切に。
君のフィードは嘘をつく

©︎The Rest Is Sheep
はい、時間になりましたので始めていきましょう。
今日のテーマは、ずばり「フィード」です。インスタグラムやTikTok、あるいはX。皆さんが毎日、隙間時間のたびに無意識に親指で弾いている、あの縦スクロールの画面のことですね。
いきなり本題に入る前に、一つ質問させてください。皆さんは「スマホ農場」という言葉、聞いたことありますか?
最近、報道などで目にした方もいるかもしれません。棚一面に何百台、何千台ものスマートフォンの基板をずらりと並べ、プログラムで24時間稼働させながら、SNSの「いいね」やフォロワー数、表示回数、動画再生回数、広告クリックなどを、まるで工場のように機械的に増やしていくビジネスです。
こういう話を聞くと、「SNSの数字なんて、もう信用できないな」と感じますよね。でも、少し立ち止まって考えてみてください。表示回数や「いいね」を人工的に量産できるということは、それは同時に、「みんなが見ている」「たくさんの人が支持している」「今、話題になっている」という印象そのものを、先に植え付けられるということでもあります。商品でも、アーティストでも、政治的な主張でも、「人気があるように見える状態」を人為的に演出できてしまう。つまり私たちはもう、「人気」が自然に生まれるのを待つ時代ではなく、「人気がある感じ」を発注できる時代に生きているわけです。
ただ、ここまではまだ、数字の話です。表示回数や「いいね」、フォロワー数を水増しする。それだけでも十分に厄介な話ですが、今日お話ししたいのは、そこからもう一段先の世界です。フィードの上で、単なる数字ではなく、「意味」や「空気」、そして私たちの「第一印象」そのものを、丸ごと設計してしまうビジネスについて。
私たちが毎日見ている「フィード」が、いま一体どういう場所になっているのか。今日は皆さんと一緒に、その正体を考えていきたいと思います。
※ 生成AIが客観的な視点でレビューしています🐏🐕
フィードは「鏡」から「演出装置」へ
少し昔話をしましょう。かつてSNSのフィードは、「自分がつながっている人」のポストが並ぶ場所でした。相互にフォローし合う友人、好きなアーティスト、信頼するオピニオンリーダー。フィードの土台には、いつも自分自身の人間関係や興味関心という確固たるコンテクストがありました。
友達がいいと言っていたから聴いてみる。好きな俳優が愛用しているから買ってみる。昔のフィードは、そうした関係性の上で生まれる熱量を映し出す、いわば「鏡」だったんですね。
企業が何百万人ものフォロワーを抱える大物インフルエンサーに高額な費用を払う、いわゆるトップダウン型のマーケティングも、結局はこの構造を前提にしていました。影響力のある人が発信すれば、その人のネットワークを通じて情報が広がっていくはずだ、と。
ところが今、フィードはまったく別のルールで動いています。TikTokやInstagramのReels、あるいはXの「おすすめ」タブに並ぶのは、皆さんが一度もフォローしたことのない、見ず知らずの誰かの投稿です。そこでは「誰とつながっているか」は以前ほど重要ではありません。並び順を決めているのは、プラットフォームのアルゴリズムが算出した「予測順位」です。
では、何を予測しているのか。答えはかなりシンプルです。滞在時間と反応率の最大化。つまり、皆さんがどれだけ長く画面を止めるか、コメントを覗くか、シェアしそうか。言い換えれば、「広告価値として最適かどうか」──これが現代のアルゴリズムフィードです。
ここでの変化は決定的です。フィードはもう、皆さんの興味や人間関係を映す「鏡」ではありません。アルゴリズムが伸びると判断した雰囲気や物語を先回りして提示し、そこへ人間を誘い込む「演出装置」になったんです。そして今、この演出装置の仕組みを逆手に取り、極めて戦略的にハックする企業たちが存在感を高めています。
「第一印象」を売る会社
2026年3月、音楽業界に大きな衝撃が走りました。テキサス州オースティンで開催されたカンファレンス「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」の会場で、音楽メディア「Billboard」のポッドキャスト『On the Record』の公開収録が行われたときのことです。
ゲストに招かれたのは、デジタルマーケティング会社「Chaotic Good Projects」の共同創業者のうちの二人、ジェシー・コーレンとアンドリュー・スペルマンでした。アーティストのマネージャー出身である彼らは今や、デュア・リパやジャスティン・ビーバーといった世界的スターから、インディーズの注目株まで、無数の楽曲プロモーションを手がける存在です。
このステージで彼らが平然と語ったのは、「TikTok時代のバイラルが、どう人為的に作られているのか」という手法の種明かしでした。それは、ざっくり三つの特徴に整理することができます。
まず一つ目は、「トレンド・シミュレーション(Trend Simulation)」、つまりトレンドの人工的な模倣です。ある楽曲がSNSで流行するとき、いきなり世界中で爆発するわけではありません。あるニッチな動画文脈で少し使われたものが、別のニッチなコミュニティに飛び火し、やがてミームやダンスへと発展していく。彼らは、そうした自然発生的なヒットの経路を研究し、「誰が起点になり」「どのコミュニティの、どのフォーマットに火をつければよいか」という法則を割り出していく。自然現象としての「バズの起き方」を、実験のように再現しようとするわけです。
二つ目は、「ボリューム・キャンペーン(Volume Campaign)」。彼らは、とにかく圧倒的な量を投下します。大物インフルエンサーを1人雇うのではなく、数百から数千規模の小さなアカウント群を動かす。ミームアカウント、スポーツ動画の切り抜き、感傷的な言葉を載せるポエム系アカウント。そうしたテーマ別の投稿の背景音として、売り出したい楽曲を大量に差し込んでいくんです。
なぜこれが効くのか。TikTokは「いま多くの動画で使われている音源」や「いま伸びているフォーマット」を強く優遇する設計だからです。つまり、大量のアカウントで同じ音源を使えば、アルゴリズムに「この曲はいま来ている」と認識させやすい。
象徴的なのが、彼らがポッドキャストで言及していた「パステルトック(Pastel Tok)」と呼ばれる手法です。おしゃれな背景画像に、共感を誘う短い言葉を黄色い文字で重ね、その裏でシンガーソングライター系の曲を流す。ユーザーは動画の感傷的な雰囲気ごと曲を受け取り、何度もループし、友人にシェアする。曲そのものだけでなく、曲にふさわしい「感じ」を先に流通させるわけです。
そして三つ目。ここがいちばん本質的で、ある意味いちばん怖い。「ナラティブ・キャンペーン(Narrative Campaign)」です。彼らはインタビューの中で、かなり露骨なことを言っています。人々の意見の多くはTikTokのコメント欄で形成される、と。最初に見たコメントや、繰り返し目にしたコメントが、そのまま自分の意見になっていく、という発想です。
つまり、彼らが本当に売っているのは再生数ではありません。作品に対する「第一印象」と「文脈」のコントロールなんです。
想像してみてください。あるアーティストが『Saturday Night Live(SNL)』や『Tiny Desk Concert』に出演したとします。かつてなら、有名番組への出演を勝ち取った時点でプロモーションとしてはかなりの成功でした。でも、彼らの勝負は、その直後から始まります。放送が終わった瞬間、大量のアカウント群が一斉に投稿し、コメントを打ち込む。「今年一番のパフォーマンスだ」「鳥肌が止まらない」「歌唱力がやばすぎる」。
あるいはツアーの告知でも、静止画を一枚出して終わりではありません。多数の別アカウントから、「この人たちのライブは絶対に行くべきだ」という語りが、同時多発的に流れ出す。当然、それらは一つの公式アカウントから出てくるわけではありません。投稿主はばらばらに見えるし、語り口も違う。だから受け手はPRだと気づきにくいんですね。そして気づかないまま、「あ、みんながそう言っているんだな」と受け取ってしまう。
Chaotic Goodが売っているのは、音楽そのものではありません。世間はいまこれを評価している、という「他人の第一印象」なんです。
認知をコントロールする「2つのハック」
なぜ、こうした手法が効果をもたらすのでしょうか。鍵は、システムと人間心理の「二つの弱点」を同時に突いていることにあります。
一つ目は、アルゴリズムです。先ほど触れた通り、いまのSNSのフィードは「行動の痕跡」──視聴維持率、コメント数、シェア数──を見て、何を伸ばすかを判断しています。
ここで重要なのは、アルゴリズムは投稿の「意味」を理解しているわけではない、ということです。本物の熱狂なのか、模倣された熱狂なのかを見分けているわけではない。短時間に視聴やコメントという痕跡が積み上がれば、システムはそれを「これは伸びている」と判断し、さらに一般ユーザーへ拡散していく。最初に量を投下した側が有利になる構造が、そこにあるわけです。
もう一つは、人間の心理です。こちらのほうが、より本質的かもしれません。
心理学に「社会的証明(Social Proof)」という考え方があります。自分だけでは何が正しいのか判断しかねるとき、人は周囲の振る舞いを手がかりにして判断してしまう。たとえば行列のできている店を見て、「これだけ並んでいるなら、きっと良い店なんだろう」と思う。あれです。
そして現代において、この社会的証明がもっとも強く働く場所の一つが、SNSのコメント欄と引用投稿なんですね。情報過多の世界に生きている私たちは、アルバムを一時間かけて聴き込む前に、あるいは動画を最後まで観る前に、まずコメント欄をちらっと見て、「これはおもしろいものなのか、叩かれるべきものなのか」という空気を先に確認してしまう。
つまり、多くの場合、私たちは自分の感想を持つ前に、「正解っぽい感情」を先回りして見せられているんです。Chaotic Goodの「ナラティブ・キャンペーン」が狙っていたのは、まさにこの「感想が生まれる前の空白」でした。
アルゴリズムは「痕跡」を本物だと誤認する。人間は「作られた空気」を世間の本音だと誤認する。この二重の誤認が重なったとき、存在しないはずの人気が、現実の熱狂へとすり替わっていくんです。

(Vulture)
音楽の外へ広がる「フィード汚染」
さて、Billboardのポッドキャストが公開されたあと、当然ながら、音楽業界の内外で大きな批判と困惑が起きました。
ある人たちは、Chaotic Good側のあまりにあっけらかんとした語り口そのものに驚き、また別の人たちは、自分たちが「自然に火がついた」と思っていたインディー系アーティストの周辺にも、こうした戦略が入り込んでいたことに強い反発を覚えました。
ただ、ここで見誤ってはいけないのは、これは単なる音楽スキャンダルではない、という点です。こうした手法は、すでに音楽業界の外へも漏れ出し、ほとんどインフラのように広がり始めています。
たとえば、過去にSNSプロモーション会社Floodifyを運営していたジョー・リムは、最盛期には6万5000個のダミーアカウントを回し、1日に5万本の動画をTikTok、Instagram、YouTube、Xへ投稿していたと語っています。しかも、その需要は音楽だけではありません。彼によれば、ニューヨーク市長選の際に、対立候補を攻撃するAI生成のインフルエンサー動画の拡散を打診されたこともあったようです。
あるいは今、DiscordやWhopのような非公開コミュニティ上では、「クリッピング案件」と呼ばれる市場が常時動いています。映画、Netflixのドラマ、政治家の演説、イベント映像などを短く切り抜き、一般の投稿者たちに大量に再投稿させる。報酬は、1000ビューあたり1〜2ドル程度。投稿が当たれば大きく稼げるし、依頼主からすれば、テレビ広告や看板広告よりずっと安い。

Discord上の広告(Vulture)
しかも厄介なのは、それが広告に見えないことです。ユーザーからすると、「誰かが勝手におもしろがって切り抜いてるだけ」に見える。つまり、広告だと身構える心そのものを回避できてしまうんです。
さらに深刻なのは、企業間での世論操作です。ある商品のブランドイメージを傷つけるために、ライバル側がネガティブなコメントを増幅させる。たとえば「最近味が落ちた」「体に悪そうだ」といった小さな不満を人工的に大きくしてしまえば、消費者はわざわざ事実確認をしないまま、「じゃあ別のものを買おう」と離れていくかもしれません。
私たちは、自分が見ているのは世論だ、共感だ、と思っています。けれど実際には、誰でも予算次第で買えてしまう「工作された中間層」を見せられているだけなのかもしれないんです。
気持ち悪さの正体
ここでもう一度、Chaotic Goodをめぐる反発に戻りましょう。あのとき多くの人が抱いた「気持ち悪さ」は何だったのか。
シンガーソングライターのイライザ・マクランは、この騒動を受けて書いた文章の中で、自分の体験をかなり率直に振り返っています。
彼女はGeeseのフロントマン、キャメロン・ウィンターの曲と出会ったとき、「まだ誰にも見つかっていない、素晴らしい秘密を見つけた」と感じて、宝物のように何度も聴き込みました。ところが後になって、その出会い自体が、実はアルゴリズムとプロモーションの導線の上に置かれていたのかもしれないと知る──。

Cameron Winter (The Guardian)
ここで揺らぐのは、単なる好き嫌いではありません。自分が自由意思で宝物を見つけたと思っていた、その体験の輪郭そのものです。「私は本当に自分でこの曲を好きになったんだろうか」という問いが、急に差し込まれてくる。
しかも、騒動が広がったあと、Chaotic Goodは自社サイトからGeeseやキャメロン・ウィンターを含むクライアント名の記載を削除し、「narrative campaigns」という表記も引っ込めました。その後の説明では、自分たちのサービスは、実態としてはデジタルPR戦略のコンサルティングが中心だというニュアンスにやや後退しています。この振る舞いの変化自体が、少なくとも彼ら自身も、何が問題視されているのかを理解していたことを示しているように見えます。
この「気持ち悪さ」は、三つのレベルに整理できるでしょう。
一つ目は、音楽文化のレベルです。いい曲だから広がっているのか、広がっているように見えたからいい曲だと感じるのか。この因果が、どんどん曖昧になっていく。
二つ目は、個人の感想のレベル。「この曲、いいな」と思ったその瞬間、すでにコメント欄や引用投稿の空気が、自分の感想の中に入り込んでいるかもしれない。つまり、感性の主体性そのものが揺らぐわけです。
三つ目は、社会全体のレベルです。音楽に限らず、市場の評判も、政治的な怒りも、文化的な熱狂も、アルゴリズムの都合とマーケターの予算によって「養殖」可能になりつつある。ここまで来ると、もう単なる宣伝技法ではありません。認知環境そのものの問題です。
「フィード社会」はどこへ向かうのか
ちなみに、こうした過剰な演出が露見して聴衆が反発する、という現象自体は、実は今回が初めてではありません。
19世紀のオペラハウスには、拍手や喝采を誘導するサクラ集団、いわゆる「クラック(Claque)」がいました。1950年代のラジオ業界では、賄賂でヒット曲を押し込む「ペイオラ(Payola)」が問題になった。さらに、1970年代末には、レコード業界が過剰にディスコブームを延命させ続けた結果、聴衆がそのやり口自体にうんざりして「ディスコ・サックス(Disco Sucks)」と呼ばれる強烈な反動が起きています。
どれだけ巧妙に空気を演出しても、過剰になれば、人はやがてその「仕組み」自体に嫌気が差す。そこまでは、ある意味で歴史が何度も示してきたことです。ただし、現代の結末はもう少し複雑かもしれません。
例えば、先ほどのジョー・リムは、いまのような「人間をだますゲーム」はあと3〜5年で終わるだろう、と予想しています。ただ、その理由は、規制が強化されるからでも、人々が急に賢くなって見抜けるようになるからでもありません。むしろ逆です。人間がSNS上の情報をほとんど信用しなくなり、「何が良いか」を自分で判断する代わりに、AIエージェントに委ねるようになるからだ、と彼は言うんです。
もう少し噛み砕いて説明しましょう。今日見てきたように、今のマーケターは、「本物の人間の熱狂」を偽装しています。マーケターが偽の熱狂を演出し、人間がそれを見て信じ、消費行動を起こす。でも、これから先は違うかもしれない。マーケターがAIエージェントに好まれそうな情報を最適化し、AIがそれを人間に推薦し、人間が消費する。つまり、説得される主体そのものが、人間からAIへとずれていくわけです。
冷静に考えると、かなり皮肉ですよね。フェイクがなくなるわけではありません。標的が変わるだけです。「誰が最初にコメントするか」を工作するゲームから、「あなたの代わりに判断するAIに、何を薦めさせるか」を工作するゲームへ。演出は、むしろこれまで以上に見えにくい場所へ移動していくのかもしれません。
かつて、私たちの人間関係や関心というコンテクストを映す「鏡」だったフィードは、熱狂を養殖する「演出装置」へと変わりました。そしてその先には、私たちの代わりに判断を下すAIをいかにだますか、という新しいゲームまで見え始めています。
こうした状況で本当に大事なのは、「本物を見抜く目」を鍛えることだけではないのかもしれません。むしろ大事なのは、いま自分が抱いた「いいな」という第一印象が、どんな順番で、どんな空気に包まれて形づくられたのかに自覚的でいることです。
2026年の本当の問題は、偽物の投稿が多いことそれ自体ではありません。「最初の印象」そのものがインフラになり、その印象を最初に受け取る主体さえ、私たち自身ではなくなりつつあることです。
それでも最後に音楽を聴いて心を震わせるのも、社会の中で何を選ぶかを決めるのも、アルゴリズムではなく、私たちの肉体と感性です。フィードに先回りされない、自分自身の静かな感受性をどう守るのか。そこにこそ、いまの時代のいちばん深い問いがあるのだと思います。
それでは、今日はここまでにしましょう。ありがとうございました!
🐏 Behind the Flock
“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。
1. デジタルマーケターが楽曲をバズらせるために用いる秘密の戦術の内幕
現代の音楽マーケティングでは、アーティスト本人の負担を軽減し、裏側からブームを仕掛ける「トレンドシミュレーション」が台頭している。Chaotic Goodは、ファンページやミーム、スポーツ動画など多数のTikTokアカウントを活用し、楽曲を自然に拡散させる仕組みを構築。アルゴリズムや流行フォーマットの変化を常に検証し、ジャンルごとに最適なコンテンツを使い分けることで、適切な視聴者への訴求を図っている。また、TikTokでの話題化が必ずしもストリーミング再生へ直結するとは限らず、ターゲットとの適合性が成果を左右するという。さらに、コメント欄や初期の反応が世論形成に大きな影響を与えることから、投稿直後に大量の肯定的な反応を生み出して議論の方向性をコントロールし、ネット上の言説そのものを操作する手法も用いられている。
2. フェイク・ファン
Chaotic Good Projectsというマーケティング会社が、偽ファンアカウントによる大量投稿やTikTokトレンドへの便乗を通じて、アーティストの人気を人為的に作り出している。テレビ出演直後に称賛コメントを一斉投稿して世論を先取りしたり、流行の動画編集に楽曲を紐づけて感情的な連想を生み出したりと、手法は多岐にわたる。クライアントにはDua LipaやJustin Bieberら主流ポップ勢だけでなく、Cameron WinterやGeeseといった、一見「本物」に見えるオルタナ・インディー系アーティストまで含まれており、かつて主流と一線を画していたはずのオルタナ音楽も、今や同じ仕組みに組み込まれている。絶え間ない自己プロモーションを強いられるミュージシャンにとって、この代行サービスは負担を軽くしてくれる存在でもある。ただし、若いファンが自発的に築く二次創作文化などの本物のファンダムと、人工的に演出された「やらせ」との境界は次第に曖昧になりつつあり、数字やバズだけでは測れない、生身の音楽体験こそに本当の価値がある。
3. Geese大ブレイクの裏側
突如ブレイクを果たしたロックバンド「Geese」には、以前より「インダストリー・プラント」ではないかとの疑惑が囁かれていた。その疑念を裏付けるように、デジタルマーケティング会社Chaotic Good Projectsが、TikTok上に多数のアカウントを構築し、楽曲をアルゴリズムに乗せる「トレンド・シミュレーション」と呼ばれる手法でGeeseやキャメロン・ウィンターのキャンペーンを手掛けていたことが判明した。偽のファンによる世論形成は倫理的な懸念を呼ぶ一方、これは従来のプロモーション活動の現代版とも言える。情報が氾濫する現在の音楽業界において、ネット上の熱狂を戦略的に演出する手法は、すでに公然の秘密として定着しつつあるのだ。
🫶 A Lamb Supreme
The Rest Is Sheepsが日常で出会った至高(笑)の体験をあなたにも。
今週もお休みです 🐏
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