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#021_Sheep ブーム・ブームの美学(後編)
文化戦略家のEdmond Lauは社会や文化の変化を「ライトモードからダークモードへのシフト」というフレームで捉える。リーマンショック後に台頭した「ライトモード」の美徳消費や社会的責任重視の姿勢は、格差拡大や気候危機の現実の前に幻滅を招き、その反動として生まれ、欺瞞的な社会規範からの解放に象徴される「ダークモード」は、「ブーム・ブームの美学」とその根底となる価値観を共有する。過去15年間を支配してきた価値観の矛盾が明らかになり、生々しい自分を隠さないことが再評価されるいま、私たちの社会はどこへ向かうのか。

“The Rest Is Sheep”は、デジタル時代ならではの新しい顧客接点、未来の消費体験、さらには未来の消費者が大切にする価値観を探求するプロジェクトです。
役に立つ話よりもおもしろい話を。旬なニュースよりも、自分たちが考えを深めたいテーマを――。
そんな思いで交わされた「楽屋トーク」を、ニュースレターという形で発信していきます。
🔍 Sheepcore
カルチャー、アート、テクノロジー、ビジネスなど、消費者を取り巻く多様なテーマをThe Rest Is Sheepのフィルターを通して紹介します。結論を出すことよりも、考察のプロセスを大切に。
ブーム・ブームの美学(後編)

©️The Rest Is Sheep
(前編から続く)前編はこちら🔍
ライトモードの時代
🐏「80年代バイブスが戻ってきたっていうのはおもしろいですね。それで、さっき話してた企業がDEIポリシーを見直してるのもこのブーム・ブームと関係あるんですか?」
🐕「それを考えるうえで、もう一つ、ブーム・ブームとオーバーラップする「ライトモード」と「ダークモード」っていうフレームがあって」
🐏「Macの画面の明るさみたいな話ですね(笑)」
🐕「絶対言うと思いました(笑)。この話は文化戦略家のEdmond Lauっていう人が言ってる話なんだけど、ライトモードっていうのは、社会全体が「ポジティブにいこうぜ」「未来は明るい」「みんなで頑張ろう」みたいなムードに包まれてる状態のことで、2008年のリーマンショックの後って「サステナブルな未来を作ろう」「コミュニティが大事」みたいな感覚が強まった時期ですよね」
🐏「はい、エコバッグ持ったり、紙ストローはやめようみたいな雰囲気ありました。みんなで良い社会を作っていくんだって感じで」
🐕「D2Cブランドのプロダクトでも社会課題を解決するっていう文脈が強調されてましたし、豪奢じゃないミニマルなデザインとか、そういう空気に溢れてましたよね」
🐏「いろんなブランドが「透明性」を強調したり、企業の社会的責任(CSR)が重要視されたりっていうのもライトモード的な流れってことですよね」
🐕「まさに、ライトモード時代にはそういった価値観が大事にされてました。いわゆる「美徳消費(Virtuous Consumption)」ですよね。でも、その明るい空気の裏で闇は着実に忍び寄っていたわけです。いくら前向きな雰囲気を強調しても、金融危機の根本的な問題は放置されたまま。格差は広がる一方だし、気候変動問題は解決されず、政治的分断も進む。そこに突如パンデミックがやってきて、生活費の高騰や大量解雇という現実が押し寄せた」
🐏「金属製ストローの洗浄に手間を掛けても、気候危機に歯止めをかけることはできなかったわけですよね」
🐕「加えて、ライトモードの時代の「物事は良い方向に向かっているんだ」っていう楽観主義的物語は、消費者に対して「うまくいかないのは自分に問題があるからだ」っていうプレッシャーを与えてもいました。特に2010年代は、テクノロジーの急成長が「困難は乗り越えられる」っていう希望を支えていたってところもあると思うんですが、経済不安や環境危機が現実味を帯びる中で、こうしたメッセージがもはや通用しなくなって、社会全体に幻滅が広がったわけです」
🐏「こないだ、約70%の人が、政府指導者、企業リーダー、報道機関が「意図的に人々を欺いている」って思ってる、っていうデータを見ました。全然信用してないわけで、もはや明るい未来どころの話じゃないですね」

Source:「2025 Edelman Trust Barometer(2025.01.17)」/ Edelman
🐕「はい、ライトモードには根本的な矛盾があった、っていうのがLauの見立てです。ライトモードが崩壊したのは「見せかけの前向きさ」が持続不可能だったからだ、と」
ダークモード:マスクオフの時代へ
🐏「で、ライトモードが崩壊したあとに来るのが...」
🐕「ダークモードです。ダークモードはライトモードへの反動で生まれた新しい文化トレンドで、2つの側面を持ってるって言われてて、1つ目は「美徳の放棄」っていう、この15年間くらい私たちを縛ってきた社会的規範とか構造的なルール、いわゆるライトモード的な価値観を拒絶することです。多くの人にとって、それらは窮屈なものだった」
🐏「「正しい生き方」みたいなこれまでの美徳に従っても報われないじゃん、っていうライトモードの負の側面が明らかになって、だったらルールそのものを拒絶しようぜ、っていう動きが広がるってことですね」
🐕「むしろ逆に、ルールを破る人たちこそが成功し、力を持っているように見える。「悪徳の受容」っていうダークモードの2つ目の側面の話なんだけど、4度も起訴されたアンチヒーローであるTrumpの方がKamala Harrisより正しいことを言ってるように見えるし、SNSで過激な意見ぶちまけるのがカッコいい」

Source:「How the least divided place in America feels about the inevitability of Trump’s return(2024.02.28)」/ Financial Times
https://www.ft.com/content/e6190dab-769f-4313-a2e5-142f5e8a104c
🐏「従来の「正しい振る舞い」よりも生々しい「本物らしさ」が支持される」
🐕「“woke”、すなわち社会問題への関心や意識が高いっていう態度を取ることや、そうであると公言することは、もはや格好良くも先鋭的でもない、と。今は「自分が本当に思っていることを言う」こと、あるいは「そう見せる」ことがクールで、何を言って良くて、何を言っちゃいけないか、みたいな暗黙のルールや社会的マナーに従うことは、もはやクールじゃない」
🐏「倫理やモラルなんかよりも「素の自分」をさらけ出すことが大事になったってことですね」
🐕「マスクオフ、つまり仮面を脱いで、抑圧されていた本来の自分をさらけ出すことが重視される」
🐏「ライトモード時代に長い間抑圧されてきた人々にとっては開放感ありますね」

Source:「Lined in」での投稿より / Edmond Lau
https://www.linkedin.com/posts/atelieredmondlau_the-dark-mode-shift-ive-written-about-activity-7286964329768173568--LSr/
「ブーム・ブームの美学」再訪
🐕「はい、で、「ブーム・ブームの美学」と「ダークモード」は、この「抑圧されたライフスタイルからの開放」っていう価値観を共有してるんですよね」
🐏「あ、やっと戻ってきました(笑)。企業がDEIポリシーを見直し始めたのも「抑圧からの開放」と関係してる、と」
🐕「はい、まさにそうで、DEIが象徴していたのって、ライトモードの価値観なんですよね。企業が「社会のために」って言い続けるのが美徳とされてた」
🐏「Trumpになったから変わったんだ、って思っちゃいがちですけど、確かにもっと全然大きな文化トレンドのシフトでした(笑)」
🐕「Monahanも、ブーム・ブームは特定の政治家や政党の思想信条とリンクするようなトレンドじゃない、文化の話なんだって言ってます」
🐏「そう考えると、Trumpはきっかけじゃないどころか、Trumpですらこの大きなシフトの中で生み出されたっていう捉え方の方が正しそうです」
🐕「多様性や包摂性を謳うのは良いけど、それが単なる建前や方便だったら意味がない。極端なこと言えば、正直に「我々は利益を追求する企業だ」って言い切る方がある意味誠実なんじゃない?って考える人が増えてきたってことですよね。Trumpはさらに極端な言い方してますが(笑)」
🐏「たしかに。でも、それって差別を容認することにならないですか?」
🐕「そのリスクはあるんだけど、ダークモードは単に「悪いことを認めよう」っていうわけじゃなくて、むしろ、ライトモードの欺瞞的な側面を取り払って、本当の問題に向き合う、より現実的な未来を目指すための転機としてダークモードを捉えよう、とLauは言ってて」
🐏「確かに、ライトモードがうまくいかなかったっていう失敗から学んで、より現実的な未来に本音とともに向き合ってくのは大事ですね」
🐕「理想主義の幻想を捨てて、現実の厳しさを受け入れつつ、より達成可能な現実的目標を描くっていうアプローチ、これDark Optimism(ダーク・オプティミズム)って言われたりもするんですが、それが重要なんだ、と」
🐏「「突然みんなDEIポリシー捨ててるの笑えるわ」じゃなくて、これまでの規範が崩れたいまだからこそ、個人や組織が新たな価値を見出したり、新たなルールを作って、具体的な行動を起こしたりするチャンスなんだってことですね」
🐕「はい、ブーム・ブームの美学も、ただの享楽じゃなくて、「自分を隠さない」っていう自己肯定のムーブメントでもあるわけですし」
🐏「なんか、振り子が逆に振れたみたいな感じですね」
🐕「そうですね。ライトモードが行き過ぎたことで反動が来たというか、多くの人が「ちゃんとしなきゃ」に疲れ始めたってことなんでしょうね」
🐏「そういう意味では、今日の話って結局は「みんな思ってることを言うのが大事」ってことじゃないですか?」
🐕「はは、それを言うために小難しい話を延々してたっていう皮肉(笑)」
🐏「「ブーム・ブーム」とか「ダークモード」とか言わずに「もっと素直に生きようぜ」って言えば良かったとも(笑)」
🐕「それじゃ、コンテンツにならないんですよ(笑)」
🐏「はい、そこは大人の事情ってことで(笑)」
🐏 Behind the Flock
“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。
1. ライトモードからダークモードへ
近年の社会変化を「ライトモード」から「ダークモード」へのシフトとして捉えるEdmond Lauは、2008年以降の楽観主義(ライトモード)がパンデミックや社会不安によって終焉し、現在の厭世的・快楽主義的な「ダークモード」へと転じた背景を描く。ライトモードは、経済不安の中で前向きな消費や自己実現を促す価値観だったが、現実の停滞や格差拡大の中で限界が露呈。結果として、規範の放棄や自己中心的な快楽追求が台頭した。ダークモードには「美徳の放棄」と「悪徳の受容」の2側面があり、社会的ルールの不信や抑圧された欲望の解放が鍵となる。だがLauは、ダークモードは単なる混沌ではなく、現実を直視し、より実現可能な未来を模索する「Dark Optimism」へとつながる可能性があると示唆している。
2. マスクオフの時代
最近の文化的変化は、ドナルド・トランプのホワイトハウス復帰に象徴される「マスクオフ時代」の到来と関連している。若者の間では「woke」的価値観が時代遅れとされ、率直な自己表現がクールと見なされつつある。トランプがGen Z男性票の56%を獲得したことや、18〜29歳の67%がトランプ政権に「楽観的」と回答したことは、この潮流の一例だ。トレンド予測家のSean Monahanは、パンデミック後の自由への憧れが「ブームブーム美学」へとつながり、1980年代的な派手な消費文化や「悪役の美学」が復活していると指摘する。文化戦略家のEdmond Lauも、「美徳の拒絶と悪徳の受容」を核とした「ダークモード」の時代が進行中だと語る。自己主張が重要視される現代、右派的な価値観が堂々と再登場している。
3. 暗い未来のオプティミズム
現代社会は「パーマクライシス(permacrisis)」と呼ばれる持続的な危機の中にあり、終末感や悲観的な未来像が広がっている。エコ不安や無意味さを感じる人々が増加する一方で、「ダークオプティミズム(Dark Optimism)」や「ダークエコロジー(Dark Ecology)」といった新たな概念が注目されている。ダークオプティミズムは、現実の困難を直視しつつも人類の可能性に希望を持つ姿勢で、無理な楽観論ではなく漸進的な進歩(プロトピア)を重視する。ダークエコロジーは、環境問題を明るく理想化するのではなく、自然の「醜さ」や「不気味さ」さえも受け入れ、実態に即した理解を促す。また、暗闇に安らぎを感じる「ニクトフィリア(Nyctophilia)」や、困難の中に希望の光を見出す「ダークユーフォリア(Dark Euphoria)」など、暗闇を積極的に捉える思想が広がりつつある。未来の可能性は、光ではなく「闇を知る」ことでこそ見出されるのかもしれない。
🫶 A Lamb Supreme
The Rest Is Sheepsが日常で出会った至高(笑)の体験をあなたにも。
TRISオリジナルスウェット第二弾!『Sheepcore』🐏
我々のチームもエンパワーメントしていこうってことで、さっそく第二弾です(笑)。
カルチャー、アート、テクノロジー、ビジネスなど様々な分野を独自の視点で考察。結論より考えるプロセス自体を大切にし、その積み重ねが私たちのコアとなる考え方を形づくっていく。
そんな思いを込め、2013年に生まれた「ノームコア(Normcore)」以降の伝統に則り、『Sheepcore』とラベリング。"The Rest Is Sheep"の核となる考え方です。
しかしながら、この週末から一気に気温が上がるそうで、桜の季節を通り越して夏日の予感。スウェットを出したとたんに半袖が恋しくなる皮肉(笑)。遅ればせながら、2025SSに向けた企画を始動します🐏
P.S. 前回取り上げた『タイムアウトマーケット大阪』は本日3/21オープンです!🍽️
すべての誤字脱字は、あなたがこのニュースレターを注意深く読んでいるかを確認するための意図的なものです🐑
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