#096_Sheep イン ザ・マメスープ

料理動画の投稿には「その食材、苦手なんですが」、誰かの日常のポストには「恵まれた人の話ですよね」──「ビーンスープ理論」、あるいは「What About Me Effect」とも呼ばれるSNS上のこうした振る舞いの正体は、単なるネットマナーの崩壊ではない。論点をずらす「whataboutism」とは似て非なる、自己を論点の中心に置き直す「読解の型」だ。パーソナライズされたアルゴリズムが育てる「画面はすべて私向け」という錯覚と、「包摂」の言語の武器化が、それを加速させる。他者の文脈を受け止めるしなやかさを失った私たちと、静かに侵食されるネットという共有地。「おすすめ」に慣れすぎた私たちが手放しつつある、世界を他者と共有する思考を紐解く。

“The Rest Is Sheep”は、デジタル時代ならではの新しい顧客接点、未来の消費体験、さらには未来の消費者が大切にする価値観を探求するプロジェクトです。

役に立つ話よりもおもしろい話を。旬なニュースよりも、自分たちが考えを深めたいテーマを――。

そんな思いで交わされた「楽屋トーク」を、ニュースレターという形で発信していきます。

🔍 Sheepcore

カルチャー、アート、テクノロジー、ビジネスなど、消費者を取り巻く多様なテーマをThe Rest Is Sheepのフィルターを通して紹介します。結論を出すことよりも、考察のプロセスを大切に。

イン ザ・マメスープ

©︎The Rest Is Sheep

🐕「おつかれさまですー」

🐏「おつかれさまですー。今日めっちゃ暑いっすね」

🐕「突然夏来ましたね(笑)。早くどっか入りましょう

🐏「この近くに最近ときどき使ってるカフェあるんですけど、そこどうですか?ええと、いまインスタのアカウント送りますね

🐕「ありがとうございます。お、いい感じじゃないですか」

🐏「はい。ここのバナナブレッド結構美味いんですよ(笑)」

🐕「さすがバナナブレッド探偵(笑)」

🐏「あー、でもなんかこれ、しょうもないコメントついてますね「コーヒーだけ飲みに行きたいけど、バナナは苦手なんですよね」ってわざわざそんなこと書く必要あります(笑)?」

🐕「まったくです(笑)。でも最近、こういうコメントよく見ません?パン作りの動画に「グルテン食べられません」って書き込んでる人いたり」

🐏「ランニング動画に「膝が悪い人はどうするんですか」とか(笑)」

🐕「最近は、この手の現象にご丁寧に名前まで付いてるんですよね(笑)」

🐏「え、名前があるんですか?」

※ 生成AIが客観的な視点でレビューしています🐏🐕

ビーンスープ理論

🐕「はい。「ビーンスープ理論(bean soup theory)」って呼ばれてて」

🐏「ビーンスープ?」

🐕「元ネタは2023年、TikTokでKara(@vibingranolamom)っていうクリエイターが、生理中に鉄分を摂るための豆スープのレシピを投稿したんです。「貧血気味の女子たちへ」ってキャプション付きで」 

@vibingranolamom

All my anemic girlies this one is for you 💀 #soup #period #highiron #plantiron #vegan #veganrecipes #periodpositivity #momsoftiktok #women... See more

🐏「まあ、よくある投稿ですよね」

🐕「はい。そしたらその投稿に「豆嫌いなんですけど」「豆の代わりに何か使えますか」「そもそもスープ嫌いなんですけど」みたいなコメントが大量についたんです」

🐏「ええと、それは…別のレシピ探せばいいですよね(笑)」

🐕「そうなんですよ(笑)。自分が対象読者じゃないのに、「なぜ自分に合わせてくれないのか」って反応しちゃう。笑い話みたいですけど、いまネットのあちこちで見かける振る舞いです」

🐏「なんか、マナーとか礼儀が崩壊しちゃってるんですかね」

🐕「もちろんマナーの問題もあるんですが、それだけでじゃ片付けられない側面もある気がするんですよね」 

🐏「というと?」

🐕「普通、ネットって自分向けの情報もあれば、自分とは無関係な情報もたくさん流れてくるじゃないですか。本来なら「あ、これは私のためのポストじゃないな」で素通りするはずのものが、ビーンスープ的な反応をする人は、そうならないんです」 

🐏「投稿が「自分向けじゃない」っていう事実を、そのまま受け流せない人たちがいるってことですか」

🐕「はい。そういう人たちは、投稿の一般性と受け手の個別事情にズレがあったとき、そのズレをそのまま放置できない。代わりにズレを自分側に引き戻して、自分の事情を会話の中心に置き直しちゃうんです」 

🐏「「関係ないなら離れる」じゃなくて、「私に関係ないのが納得いかない」に変換されちゃうんだ…」 

🐕「まさに。あの動画の豆スープは「みんな向け」のものじゃないのに、自分のタイムラインに流れてきた以上「自分にも関係あるべきだ」って無意識に感じてしまう」 

🐏「だから単に「自分には当てはまらない」だけの情報が、「自分が無視された」っていう不満にすり替わっちゃうんですね」

🐕「Sarah Lockwood(@sarahthebookfairy)はこの現象を解説する動画で「What About Me Effect」って名付けてるんですけど──」

@sarahthebookfairy

#beansoup #beansoupcontroversy #chronicallyonline #individualism

🐏「「What About Me?」って、「じゃあ私はどうなるの?」「私のことも考えてよ」みたいなニュアンスですよね」

🐕「ですね。本来は、自分が不当に置き去りにされている場面なんかで使う言葉です。それをぜんぜん関係ない文脈で使っちゃってる」

🐏「さっきのバナナブレッドの話と同じ構造ですね。「苦手な私には関係ないな」で終わる投稿に、「私はパン食べられません」「米粉のレシピは紹介してくれないんですか」って絡んでいく」

🐕「スルーすれば済む「対象外」っていう事実を、わざわざ投稿者に抗議しに行っちゃうわけです」 

🐏「でも、旅行でも育児でも資産運用でも、自分に関係ない情報なんて毎日流れてくることなんて当たり前じゃないですか」

🐕「そうなんですよね。なのにSNSでは、その「これは自分向けじゃないな」を、「私のことを考えてくれていない」という配慮不足にすり替えて読む人が増えてる」

🐏「ちなみにこれ、ときどき耳にする「whataboutism(ホワットアバウティズム)」と同じものなんですか?」 

🐕「実は海外メディアでも、ビーンスープ現象を「whataboutism」と並べて語ってる記事が多いんですけど、論理の向きが微妙に違うような気がしてて。「whataboutism」は、冷戦時代にソ連が西側からの批判をかわすために「じゃあお前たちの国の問題はどうなんだ(What about...?)」って言い返したような、論点ずらしのプロパガンダ技法ですよね」 

🐏「批判から逃れれるために、「そういうアンタだってさ」と相手の落ち度を突いて論点を逸らすわけですね」

🐕「はい、詭弁ですよね(笑)。一方でビーンスープ現象、つまり「What about me?」は、批判から逃げてるんじゃなくて、むしろ自分から議論の中心に居座りに行きつつ(笑)、相手を批判してるんです」

🐏「なるほどー。同じ「What about…」でも、論点を「逸らす」方向と、自分が論点に「居座る」方向でベクトルが逆なんですね」

🐕「そうなんです。「豆が嫌いな人のことはどうでもいいんですか?」みたいに、被害者っぽい顔をしつつ、会話の主語を奪い取ろうとしてる」 

🐏「批判をかわす詭弁というより、「私の存在を無視しないで」っていう強い自己主張なんですね」

🐕「まさに。これって、単なるマナーの低下として突き放すより、現代のSNS環境が生んだ「特殊な読解の型」として解き明かす方が、実態に近づける気がするんですよね」 

🐏「読解の型、ですか」

 

「あなた向け」に慣れすぎた代償

🐕「はい。いまのSNSって、基本的には「あなた向け」を保証する装置になってるじゃないですか」

🐏「ですね。おすすめ欄も広告も検索結果も、アルゴリズムによってどんどん個人最適が進んできてます」

🐕「そうやって普段から「自分に刺さるもの」ばかり並ぶ環境に浸っていると、たまたま自分向けじゃない情報に出会ったとき、単に「関係ないな、次」で済ませにくくなるんです。ジョージア大学のジェシカ・マドックス准教授は、それを「システムの不具合(a break in the system)のように感じてしまう心理」って表現していました」 

🐏「ああ、それはちょっとわかるかもしれないです。普段、フィードって「自分に関係あるものが流れてくる場所」になってますもんね。だから関係ない話が流れてくると、「あれ?何でこれが流れてきたんだろう?」みたいな気分になる」

🐕「そうなんです。昔のインターネットって、雑多な店が並ぶ「公共の広場」みたいな感じで、自分に必要なものも不要なものも雑多にあった気がするんです」

🐏「たしかに。その中から自分に必要なものを探して、取捨選択してましたよね」

🐕「でも今のパーソナライズされたSNSは、広場っていうより、精巧にカスタマイズされた「自室」に近い。だから「これはあなた向けではありません」っていう現象そのものが、プライベート空間を侵されたようなショックとして感じられちゃうんです」

🐏「便利さの副作用ですね。「おすすめ」されるのに慣れすぎたせいで、「おすすめされていない情報」を受け取る筋力が衰えちゃってる

🐕「うまい言い方ですね。しかもその筋力低下は、単なるわがままじゃなくて、もう少し切実な感情とも結びついている気がしてて」

🐏「え、どんな感情ですか?」

🐕「たとえば、SNSって常に他人の楽しそうな生活や、誰かに向けた親密な言葉や、特定のコミュニティだけがわかる文脈に満ちてるわけですよね。その中で「自分はここに属していない」「自分は対象外かもしれない」っていう疎外感を普段から抱えていると、人は「自分が対象外とされること」全般に過剰に敏感になってしまう」

🐏「あー、わかる気がします。前に仕事で追い詰められてた時期、なぜかタイムラインが夏休みの海外旅行の投稿で溢れてて(笑)。アンチコメントとかはしないですけど、地味に心に刺さりましたもん」 

🐕「誰も悪くないんですよね。投稿者はハッピーな日常をシェアしただけだし、アルゴリズムも仕様通り「よく見る人の投稿」を表示しただけ。でも受け手からすると「また自分だけが仲間外れにされた」ような痛みに感じられる」 

🐏「なるほど。ビーンスープのコメントも、単なる傲慢さというより「また私は置いていかれちゃう」っていう防衛反応なのかもしれない、と」 

🐕「はい。「私に関係あるか」という視点で世界を解釈する「自己参照」自体は人間に自然な認知なわけですが、本来ならそこで一歩立ち止まって「私向けじゃないから、スルーすれば良いや」って客観化すれば良いわけですよね。でも今はその「一拍」を置く余裕が失われているのかもしれません」

🐏「つい「私のことも考えてよ」って反応しちゃう」

 

「包摂」の言語の武器化

🐕「さらに言えば、その「システムの不具合感」や「疎外感」に、もうひとつ現代特有の要素が重なっていて」

🐏「なんですか?」

🐕「ここ10年ほどでネットカルチャーの中にも「包摂(インクルージョン)」「当事者性」「配慮」といった正義の語彙が浸透したじゃないですか」

🐏「マイノリティ、あるいはさまざまな事情を持つ人に配慮しよう、的な考え方ですよね」

🐕「本来、「誰かを不必要に排除しない」とか、「前提にされていない人の存在も意識する」という概念や感覚自体は、社会のバリアを取り除く上で重要な考え方です。ただ、SNSでは、その「包摂されるべきだ」という正当な権利の主張が、いつの間にか個人レベルの好き嫌いやマイナーな事情にまで濫用され始めちゃってる」 

🐏「公共のアクセシビリティの話が、カジュアルな個人の雑談のコメント欄にまで雪崩れ込んできているわけですね」 

🐕「はい。あるライターはこれを「包摂の武器化(weaponizing inclusivity)」と呼んでいました。本来は社会的な弱者を守るための概念が、「自分の事情が適切に考慮されているか」をチェックし、投稿者の配慮不足を叩く物差しとして使われてしまう」

🐏「「私向きのコンテンツじゃない」が、「私を排除している」「私は包摂されてない」にすり替えられちゃう」

🐕「まさに。ビーンスープ動画の投稿者は誰も攻撃していないのに、受け手が被害者として立ち上がっちゃう。これじゃ会話が窮屈になる一方ですよね」 

 

失われていく「共有地」

🐏「そんな反応が何千件も来たら、発信するクリエイター側も疲れ果てちゃいますよ…」

🐕「最近のクリエイターは何歩も先の批判を予測して免責事項(ヘッジ)を増やし続けなきゃならなくなってるなんてっていう話も聞きますもんね」

🐏「「※これは個人の感想です」「※アレルギーの方はご注意ください」「※すべての人に当てはまるわけではありません」って、冒頭から免責事項のオンパレードになる(笑)」 

🐕「情報の本質を伝える前に、あらゆる例外への配慮という過剰なメンタル労働が発生しちゃう。これだと軽い雑談も、鋭い仮説も、ユーモアすらも萎縮しちゃいます」 

🐏「「まず注意書きから始めるインターネット」…薬の副作用説明みたい」

🐕「そしてこれが単なるコメント欄の荒れにとどまらず、「インターネットという共有地(コモンズ)の減退」を意味しているのだとしたら、かなり根が深い問題ですよね」 

🐏「共有地の減退、ですか?」

🐕「インターネットの醍醐味って、本来は「自分向けじゃないけど妙におもしろい他人の文脈」に出会えることでもあったじゃないですか。よく知らない国の料理とか、それまでまったく縁のなかった趣味とか、別の世代の恋愛の悩みとか」

🐏「確かに。「へえ、貧血の人は豆スープ飲むんだ、知らなかったなあ」で、ひとつ世界が広がりますもんね」

🐕「なのに、全員が「これは私向けなの?私への配慮はされているの?」っていうフィルターでしか世界を見なくなると、自分と異なる文脈を持つ他者やコンテンツとの出会いが、すべて「不快な侵入」に変わっちゃう。結果として、誰もが納得する無菌室のような表現しか残らなくなります」 

🐏「それって、ただコメント欄がうるさいって話じゃなくて、「他人の事情を想像できない、共通の話題を持てない社会」になっていくってことか…」 

🐕「しかも今後、AIがさらに個人最適化を進めれば、この傾向はもっと強まる可能性がありますよね。ニューヨーク拠点のVC、Daybreakの創業者レックス・ウッドベリーは「AIはビーンスープ理論を1,000倍に増幅するかもしれない」と言ってます。人びとがAIによっていままで以上に自分専用の説明、自分専用の広告、自分専用の娯楽に慣れていくと──」

🐏「「自分向けではないものに出会うこと」はますます少なくなるし、出会ったときのショックはより大きくなる…」

🐕「しかも便利なんですよ、それはたぶん。「私に合っているもの」に囲まれることは便利で、心地良い。結果、私たちは他人の文脈や、自分とは無関係な世界への耐性をますます失っていくのかもしれないですね」

 

私たちの前には、いつもビーンスープがある

🐏「いやあ、最初は「豆嫌いなんですけど」っていうアホっぽい笑い話だと思ってましたけど、実はかなり大きなテーマかもですね…」

🐕「我々のタイムラインには、常に「ビーンスープ」が流れてるわけです(笑)」

🐏「この時代を生きるぼくたちに必要なのって、やっぱり「これは私向けじゃないな」って静かに素通りする技術なんでしょうか」

🐕「そうですね。ただ自分に関係ないすべてのものをスルーするっていうよりは、「世界をすべて自分向けにカスタマイズしようとしない余裕」を持つことなんだと思います」 

🐏「全部を自分に合わせようとしない、と」

🐕「はい。「これは自分には合わないけれど、他の誰かには必要なのかもしれない」と受け止める。あるいは、本当に構造的な差別や不当な排除がある場面でのみ、正しく声を上げる。その切り分けができることこそが、知性であり優しさなんじゃないでしょうか」

🐏「さっきのカフェのバナナブレッドも同じですよね。「バナナが嫌いなら、黙ってクロワッサンを頼めばいいのに」っていう(笑)」

🐕「まさに(笑)。他人のスープに文句を言う前に、自分が食べたいスープを自分で探せばいいだけの話ですから」

🐏「逆に言うと、「私向けじゃない話」をおもしろがって受け止められる人のほうが、結果的に世界は広がるわけですよね」

🐕「ですね。実際、そういう人たちはちょっと引いた視点でビーンスープ現象を眺めていて、中にはミーム化して笑い飛ばしている人たちもいますし(笑)」

🐏「ミーム化?」

🐕「ビーンスープ動画のコメント欄に、「もし私がこの世に存在してなくて、ビーンスープを作ってくれる人が誰もいなかったらどうするんですか?」とか、「もし私がまだまだ生まれてすらいなかったらどうすればいいんでしょう?」みたいにネタで乗っかる大喜利が始まっていて」 

Digital Native

🐏「あはは、完全にパロディですね(笑)!」

🐕「「何にでも自分の都合を持ち出す人」と、それを皮肉るユーモアが同じコメント欄でせめぎ合っているわけです(笑)」 

🐏「豆スープの不毛なやり取りの中にも、ちゃんと「ツッコミ」という名の免疫が生まれ始めてる(笑)」 

🐕「おもしろいですよね。この現象の極端さやおかしさに気づいて、笑い飛ばせるだけの免疫を持ってる人たちも確実にいる」

🐏「なるほど…。あ、でも、途中でちょっと思ったんですが…」

🐕「何ですか?」

🐏「今日のこのニュースレターも「長すぎて私向けじゃないです」って言われそうじゃないですか(笑)?」

🐕「確かに(笑)。そのときは「別のもっとサクッと読めるニュースレターをご覧ください」って返しますか(笑)」

🐏「ですね(笑)。「大変申し訳ありません。ですが、次回も豆はしっかり増量でお届けする予定です」ってお伝えしましょう(笑)」

🐏 Behind the Flock

“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。

1. TikTokで話題の「ビーンズープ理論」

TikTokで話題の「Bean Soup Theory(ビーンスープ理論)」、「What About Me Effect」は、自分に関係のない投稿を見て「私のことも考えてよ」と過剰に反応してしまう心理現象を指す。ビーンスープのレシピ動画に「豆が嫌いな場合はどうすれば良い?」と尋ねるコメントが典型例で、単にターゲット層でないと気づけばよいだけの場面に生じやすい。公平性や包摂性といった正当な訴えとは明確に区別すべきで、混同すれば重要な声がかき消されかねない。背景には個人主義的な文化や、SNSアルゴリズムによる過度なパーソナライズ、独我論的な思考傾向がある。

2. なぜ人は「自分向けじゃない」投稿を受け入れられないのか

SNSで誰かがビーンスープのレシピ動画を投稿したところ、「豆が苦手な人はどうすればいいのか」といった的外れなコメントが殺到した。多くの人は、ある投稿が自分向けではない可能性を理解できず、あらゆるコンテンツが自分の好みや事情に合わせてカスタマイズされるべきだと無意識に期待してしまう。あるクリエイターはこれを「What About Me Effect」と呼び、個人主義的な文化と常時オンラインの環境が組み合わさって生まれた現象だと説明する。ニュースフィードやおすすめ機能に慣れた結果、あらゆる体験が超個別化されて当然だという感覚が社会全体に根付いてしまった。この「ビーンスープ理論」は、AIによる過剰な個別化が今後さらに加速することを暗示する予兆として位置づけられている。

3. SNSに広がる自己中心化現象

SNS上での過剰な自己中心化現象「ビーンスープ理論」が注目を集めている。夫と過ごすコーヒータイムを綴った投稿に「自分は慢性痛を抱えて働いているのに」と攻撃的な反応が寄せられたケースや、「パンケーキが好き」という発言に「ワッフルは嫌いなのか」と返すような日常的なやり取りも同様の例として挙げられる。こうした反応は、批判の矛先を逸らす「whataboutism」という修辞技法に通じ、その起源は古代ギリシャのソフィストや冷戦期のソ連にまで遡るという。常時オンラインであることが自己と他者の境界を曖昧にし、パーソナライズされたアルゴリズムが自己中心的な視点を強めている可能性が指摘され、発言の前に一呼吸置くことの大切さが示唆されている。

🫶 A Lamb Supreme

The Rest Is Sheepsが日常で出会った至高(笑)の体験をあなたにも。

今週もお休みです 🐏

すべての誤字脱字は、あなたがこのニュースレターを注意深く読んでいるかを確認するための意図的なものです🐑

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