#014_Sheep 雰囲気に著作権はあるのか(前編)

ベージュ色の自宅からコンテンツを投稿することで生計を立てているインフルエンサーが、SNS上で彼女の「Sad Beigeの美学」をコピーしたとして、別のインフルエンサーを訴えている。法制度はクリエイターの「雰囲気」を守ることができるのだろうか?

“The Rest Is Sheep”は、デジタル時代ならではの新しい顧客接点、未来の消費体験、さらには未来の消費者が大切にする価値観を探求するプロジェクトです。

役に立つ話よりもおもしろい話を。旬なニュースよりも、自分たちが考えを深めたいテーマを――。

そんな思いで交わされた「楽屋トーク」を、ニュースレターという形で発信していきます。

🔍 Sheepcore

カルチャー、アート、テクノロジー、ビジネスなど、消費者を取り巻く多様なテーマをThe Rest Is Sheepのフィルターを通して紹介します。結論を出すことよりも、考察のプロセスを大切に。

雰囲気に著作権はあるのか(前編)

©️The Rest Is Sheep

はい、時間になりましたので今日の講義を始めたいと思いまーす。

今日はですね、インフルエンサー発、マイケル・ジョーダン経由、キム・カーダシアンって感じでいく予定なんですが(笑)、“sad beige lawsuit”、日本語でいうと「サッドベージュ訴訟」ですね、この言葉だけ覚えて帰ってください。「Sad Beige」っていう言葉を初めて聞いた人はその言葉と、それが訴訟になってるんだ、という話です。なんのこっちゃまったく分からんという人、いまは大丈夫です(笑)。

ことの発端は2024年4月、ソーシャルメディア・インフルエンサーのSydney Nicole Giffordさんが、同じくインフルエンサーのAlyssa Sheilさんを訴えたことでした。はい、この方たちですね。

左:Sydney Nicole Gifford、右:Alyssa Sheil

Giffordさんは24歳のソーシャルメディア・インフルエンサーで、彼女がSNSに発信するコンテンツは、「Sad Beigeの美学」にもとづいてキュレーションされた彼女の自宅、ファッション、あとはAmazonで見つけた「マストハブ」アイテムを中心に構成されてるんですが、Giffordさんの主張によると、もう一人の21歳のインフルエンサー、Sheilさんが、Giffordさんの配信のスタイルである「Sad Beigeの美学」や、それまでGiffordさんが作り上げてきた独自のブランドアイデンティティをパクった、そしてそれによって、自分がインフルエンサーとして得られるはずの収益が失われた、と主張してます。

Sad Beigeはなぜそう呼ばれるか

ええと、どアタマから横文字の情報量が多くて(笑)、「さささ、さっどべーじゅ?」っていう人もいると思いますのでまずはそこから。「Sad Beigeの美学」というのは、ベージュ、クリーム色や白や黒といったニュートラルカラー、モノトーンカラーを中心とした、派手な色を使わないスタイルや美的感覚のことを指します。InstagramやTikTokとかで見かけたことがあるかもしれませんが、あのなんともいえない落ち着いた雰囲気の投稿ですね。写真見ると分かりやすいかもしれません。

画像:『カーダシアン家のセレブな日常』より

はい(笑)。みなさんこんな感じのインスタグラマー、見たことあるんじゃないでしょうか。いや、見たことあるってのはアレですよ、この破壊力のあるファミリーみたいな人たちじゃないですよ(笑)。こんなファミリーがあちこちにいたらまずいです(笑)。

じゃなくて、ベージュとかモノトーンの、全体的な色調のトンマナ、イキフンです(笑)。清潔感や統一感があり、洗練された印象を与えるこの「Sad beige」スタイルは、従来カラフルなのが当たり前だった子ども服や育児グッズの世界における「あえてベージュ」「あえてニュートラルカラー」というトレンドの出現とともに広まりました。

「Beige(ベージュ)」という色に添えられた「Sad(悲しい)」という形容詞には、洗練された見た目を希求する親のエゴが、子どもの世界から多様な色彩や活気を奪っているじゃないの?という皮肉も込められていて、つまり、「Sad Beige」は、現代的な人びとが求めるミニマリズムやシンプル志向の美しさと、それによって失われてしまう何かの間にある絶妙なバランスを表す言葉、とも言えます。ある人にとってはスタイリッシュで洗練された憧れのスタイルだけど、「もうちょっと色があってもよくない?」って思う人にとっては、どこか味気なく、ちょっと切ない感じもしますよね。

Sad Beige Lawsuit

はい、で、GiffordさんとSheilさんはともに、自宅からこのベージュ色の世界を発信することで生計を立てています。彼女たちの家、部屋、外見、使用しているもの、そしてそれらから想像されるライフスタイルは、彼女たち自身が憧れの対象として見られることを意図しています。そして、彼女たちのような生活を手に入れたいと夢見る若い女性たちが彼女たちのアフィリエイトリンクを使ってAmazonで商品を購入するたびに、彼女たちにコミッションが入る。

Giffordさんは訴状の中で、Sheilさんがヘアスタイル、メイク、ポーズ、話し方から、家の装飾、投稿の言葉遣いやテーマ、紹介する商品、行く場所に至るまで、あらゆる面でGiffordさんを模倣していると訴えています。実際に2人の投稿をいくつか見てみましょう。

投稿比較①:訴状より(左がGiffordの投稿、右がSheilの投稿)

投稿比較②:訴状より(左がGiffordの投稿、右がSheilの投稿)

投稿比較③:訴状より(左がGiffordの投稿、右がSheilの投稿)

投稿比較④:訴状より(左がGiffordの投稿、右がSheilの投稿)

あくまで個人的な印象ですが、こうやって並べてみると。確かに似てる気がしますねえ(笑)。構図や色使い、雰囲気までそっくりな気もしますが、みなさんはどう思われますか?

そして、Sheilさんの投稿の日付はすべてGiffordさんが投稿した日よりあと、、、となると、SheilさんがGiffordさんの影響を受けた、いや、参考にした、うーん、パクった(笑)可能性もあるのでは、という気もしてきます。ちなみにこれほんの一部です。訴状では、70ページに渡ってこうしたスクショが並べられています(笑)。

一方で、訴えられたSheilさんの方は、Giffordさんの投稿のスタイル、雰囲気を真似した、ということについて完全否定しています。Sheilさんは「インフルエンサーがコンテンツで紹介する商品の多くは、Amazon自身からプッシュされている」と言います。プライムデーやブラックフライデーのようなセールイベントの際には、インフルエンサーはセール対象となる数十万点の商品が記載された巨大なスプレッドシートを受け取り、その商品の宣伝を推奨されるんだそうで、つまり、同じようなニッチ分野、すなわち「Sad Beigeな世界観」を持つ2人が宣伝する商品が被っちゃうのは当たり前でしょ、と。

SheilさんがGiffordさんの投稿の真似をしていたかどうか、すくなくとも現時点で本当のところは判明していません。そしてさらに言えば、仮に、ですよ、もし仮にSheilさんがGiffordさんの真似をしてコンテンツを作成していたとしても、それが即すなわち違法だ、ということを言い切ることもできないんです。Sheilさんは、Giffordさんが投稿した画像をそのまま使用したり、それを加工したものを投稿したりはしていません。仮に真似していたとしても、それはそのGiffordさんの投稿の「雰囲気」ですよね。雰囲気を「真似すること」って違法なんでしょうか?スタイルや美的感覚、雰囲気って知的財産として保護されるものなんでしょうか?

これを考えるために、40年ちょっと前の世界に寄り道をしてみましょう。

(後編に続く)

🐏 Behind the Flock

“Sheepcore”で取り上げたテーマをさらに深掘りしたり、補完する視点を紹介します。群れの中に隠された本質を探るようなアプローチを志向しています。

1. なぜ世界は突然トープ色に染まってしまったのか

「Sad Beigeの美学(Sad beige aesthetic)」とは、ベージュやニュートラルカラーを基調としたインテリアやファッションのトレンドを指し、SNS上では「Sad Beige Mum」と呼ばれる親たちが、色鮮やかなものを排除した子ども服やおもちゃを厳選している。「落ち着き」や「普遍性」を象徴するこのトレンドの背景には不安定な社会状況からの逃避や、温かみのあるニュートラルカラーへの回帰があると専門家は指摘する。Kim KardashianやMeghan Markleといった著名人も取り入れているが、単なる無個性や個性の喪失につながっているのではないかという声も上がっている。

2. Kim Kardashianの自宅ツアー

Kim Kardashian'sの自宅ツアー動画を見ると彼女が非常に多くの女性たちに影響を与えてきたことがよくわかる。彼女の家はGiffordやSheilの家と同様、ベージュとクリームの単色で統一されている。Giffordが自宅に持っているブークレ素材のアームチェアは、Kardashian'sのツアーで目立つように紹介されている同様の椅子のコピーのようだ。インテリアに合わせたニュートラルな服装をした彼女は「ミニマルで静かな家が落ち着くの」と語っている。

3. Sad Beigeのビッグビジネス

Pantoneが発表した2025年のカラー・オブ・ザ・イヤー「Mocha Mousse」は、実質的に「Sad Beigeの美学」の延長に過ぎず、2024年の「Peach Fuzz」を一段階暗くしただけの無難な選択であると筆者は批判する。色自体を否定するものではないものの、「カラー・オブ・ザ・イヤー」というを使用したPantoneのマーケティング手法、ビジネス戦略とその意味づけへの疑問が投げかけられている。

🫶 A Lamb Supreme

The Rest Is Sheepsが日常で出会った至高(笑)の体験をあなたにも。

インフルエンサー文化発展の一躍を担った“カーダシアン一家”の素顔

『カーダシアン家のセレブな日常』。 現代のミニマルでニュートラルな美意識「Sad Beige」のトレンドを確立したとされ、世間をざわつかせ続ける規格外のファミリー、“カーダシアン一家”の私生活に焦点を当てたリアリティ番組として注目を集める。14年間、20シーズンにわたり放送された長寿番組「カーダシアン家のお騒がせセレブライフ」に継ぐ新シリーズとして2022年からスタートした。

コートニー、キム、クロエら姉妹たちの洗練された美的センスは、インテリアやファッション、SNSの投稿スタイルに大きな影響を与え、多くのインフルエンサーたちの模倣の対象となっている。彼女たちが築き上げた美意識とその影響力は、デジタル時代における「オリジナリティ」と「模倣」の関係性を考える上で、興味深い示唆を与えてくれるかもしれない。日本ではDisney+(ディズニープラス)で視聴可能。

すべての誤字脱字は、あなたがこのニュースレターを注意深く読んでいるかを確認するための意図的なものです🐑

この記事が気に入ったら、大切な誰かにシェアしていただけると嬉しいです。

このニュースレターは友人からのご紹介でしょうか?是非、ご登録お願いします。

↓定期購読はコチラから↓